株式会社コミナミ 小南稔彦

仕事は大変なものです。働いている時間のほとんどは、しんどいものではないかと筆者は思います。しかし、そのなかでもこの仕事をやっていてよかったと思える瞬間はあります。そして、家族のために、という気持ちが仕事を続けさせてくれる気がします。

今回、ご紹介する株式会社コミナミさんは、誰か大切な人のために仕事をしていきたい人におすすめします。おもな仕事内容は、建物に使われる鉄筋の加工・組み立てや、工場で出たリサイクル可能な資源の運送になります。

「自分が仕事で携わったものが、建物として目に見える形で残る。それが嬉しいらしいですよ。」

と仕事の魅力を穏やかに語る代表取締役の小南稔彦さん。今回は、小南さんにお話を伺いました。

”まずは鉄筋の加工・組み立てのお仕事についてお伺いしたいです。”

「地元丹波地域はもちろん、京阪神地区などの建設現場に行き、鉄筋の組み立て作業を行います。鉄筋は、仕入れたものを社内工場で加工し、現場にもっていきます。」

「作業は難しくないです。1、2回やったら慣れます。やればやるほど深みを感じるのですが、基本的には鉄を切って曲げるだけなので、経験がなくても大丈夫です。」

建設現場の作業でいうと、下請けの会社はあまり良い扱いを受けないというイメージがありますが、全くそうではないらしいです。

「昔は、下請けは仕事をして当たり前と思われていました。しかし、今は、下請けが仕事をしないと建物ができないと重宝されます。」

「少しでも安全性に関わる悪いことをすれば、厳しい指摘を受けます。しかし、きちんと安全性に気を付けていれば大事にされます。」

しかし、しんどい仕事でもあるそうです。小南さんは、現実的な厳しさをありのままに話してくださいました。

「実際の現場は、暑い、寒い、しんどいでなかなかです。特に、夏はなかなか風が吹かない場所で仕事するので本当に暑いですね。」

どうやら、自分の体にある程度自信がないと厳しそうな仕事のようです。外の気温の厳しさを平気と思う人ならば、大丈夫だと思います。

「鉄筋工は、仕事の忙しさに波があります。夜に残って仕事する必要がある忙しいときもあれば、全く仕事がなく手が空くときもあります。そのときは鉄筋工以外のお仕事をやってもらいます。」

「うちは鋼材の卸売りもやっているので、取引先に鋼材をトラックで運んだりします。あとは、お客様の工場で出たリサイクル可能な資源をトラックで回収したり、また、不要な廃棄物を指定された処理場へ運ぶ仕事もありますよ。」

同じような仕事だけを長年続けていくと、どこかのタイミングで飽きがきてしまい、流れ作業のようになりがちです。しかし、複数の仕事に携わる機会があれば、気分も切り替わり、仕事への手応えも見失わずにすみそうです。

現在の建設ブームに影響を受けてか、取引案件は手一杯だそうです。

「ここ最近は、おかげさまで忙しいね。手一杯で手放した仕事もあります。」

「業績を急激に伸ばした場合、急激に落ちる可能性もあります。なので、規模は大きくなりすぎずに自社のスタイルを守りながら運営していきたいですね。」

”自社のスタイルとは何ですか?”

「社員自身が携わったものをお客様に運ぶことですね。例えば、廃品回収でいうと、自社が保有するトラックで社員が引き取りに行き、自分自身でお客様に届けるということです。」

自分が携わった製品を、自分でお客様に運んで届ける。直接自分で届けることで、誰のために自分が仕事をしているかを実感しやすいのではないかと思います。

”御社にはどういう人が合いますか?あるいはどんな人が会社に定着されますか?”

「真面目な人やね。お子さんがいる人も多くて、家族を食べさせていくために働いている人が多いね。」

「なので、うちは土曜出勤がある場合は、25%増しになる休日手当も出しています。育ち盛りの子どもがいる従業員が多いので、そこを配慮してです。」

「うちの社員には、会社を好きになってほしいね。今は歴代で会社の雰囲気が一番良いです。だから今の良い状態から落としたくないですね。仕事をしていて、もちろん毎日しんどいことも悔しい事はあるんですが、みんなの顔を見ていたら落ち着きますね。」

仕事は大変なものです。それでも、続けられるのは自分の大切な人を守っていくためではないかと思います。この記事を読んで心にひっかかった方、どうぞ問い合わせてみてください。


ジェクス篠山工場 篠山工場 酒井香緒里

心の余裕。これがないと、自分のやってみたいことができなかったり、さらには自分の好きなことすら楽しめなくなります。仕事とプライベートの両立が注目される昨今、いかに心の余裕をつくるか悩んでいる方も多いのではないでしょうか。

今回、ご紹介するのは医療機器や育児用品を製造されているジェクス株式会社さんです。篠山市でよく名前の知れた、従業員のしごと以外の時間も大切にされている会社です。

現在、製造と品質検査において求人募集されています。

製造の仕事内容は、機械を使った製品づくりと機械の修理・メンテナンスになります。製造経験、あるいは機械メンテナンス経験がある方を歓迎されています。

品質検査の仕事内容は、仕入れた原材料や完成した製品の品質が要求基準を満たしているか確認することになります。まったくの未経験の方でも、一から覚えていけば十分にこなせる仕事だそうです。

仕事の時間と、仕事以外の時間。どちらも大切

「お休みの日は、休まないとお休みじゃないです(笑)」

そうお話しされるのは、今回インタビューさせていただいた総務の酒井さんです。ゆっくりと言葉を選ばれてお話しされる方です。ジェクス株式会社さんには、お休みの多さに惹かれて、入社されたそうです。

「ここに入社以前も、同じように事務関連のお仕事をしていました。あとは、ダンスのインストラクターと交響ホールでイベント運営のお手伝いも掛け持ちしていました。」

酒井さんは穏やかな柔らかい印象をお持ちの方です。一方、好きなことや得意なことには、一歩踏み込んで取り組まれているようです。

”様々な活動をされてきたんですね。その活動を離れて、今の会社に入社された理由は何でしょうか?”

「ダンスのインストラクターについて言えば、仲間も辞めていくなかで、自分の思うようにダンス発表会の作品を作れなくなりました。それで1度離れてみようかと」

「それで、あらためて篠山市内で事務のお仕事を探しました。ハローワークさんに紹介されて、ここには応募しようと思いました。篠山市内ではよく知れた会社ですし、お休みも多いと教えていただき、魅力的だったので。」

ジェクス株式会社さんは土日休みで、年間休日は125日もあります。お仕事だけでなく、お休みも大切にされたい方にとっても魅力的ですよね。

「今はダンスから離れていますが、お休みの時は自分の趣味に時間を当てています。お休みの日は、休まないとお休みじゃないです(笑)」

「お休みの日はあまり動くことがないんですが、新しいことをやってみたいですね。読んでいたマンガで出てきた、ばんえい競馬に興味を持っていて、乗馬をしてみたいです。他にもいくつかあるんですが、これからチャレンジします(笑)」

やってみたいことがある。あるいは、やりたいことがある。この気持ちを持ち続けたり、実際に行動に移したりするには、ゆったりと落ち着いた心持ちが必要かなと思います。心の余裕がなければ、なかなか動けません。そして、その余裕をつくる1つの要因が、お休みの多さではないでしょうか。

”お仕事とお休みはしっかり分けられたいタイプですか?”

「そうですね。会社からも、家に仕事を持って帰らないようにとよく言われます。なので、多少その日の仕事が残っていたとしても持ち帰らず、家では仕事のことは考えないようにしています。」

しっかりと働くためには、しっかりと休む必要があります。お休みの日に、自分の心身を癒す、あるいは溜まったエネルギーを発散する。そうすることで、週の始まりから、仕事でも自分を存分に発揮できます。

ジェクス株式会社さんに合う人。そして、篠山に合う人

”今、生産現場で求人募集されていますが、どんな人ならば御社に合うと思いますか?”

「わからない時はしっかりと質問できたり、自分から関わりを持っていける方だと大丈夫だと思います。あとは、世間話といった何気ない会話ができると関係性もつくれるので、自然に会話できる人かなと思います。」

この記事を読まれている方は、篠山へのU・Iターンを検討されている方もいると思います。酒井さんは、篠山の良さをこんな風におっしゃられています。

「学生の頃は都会に出てみたい憧れもありました。でも、この落ち着いて生活できる環境というのがいいですね。私は、たぶん都会の人混みとかの騒がしいところが苦手なので。」

都会に住んでいると、あちこちからたくさんの情報が入ってきます。それが刺激になることもあれば、同時にうっとうしさを感じることもあります。ゆったりと腰を据えて、自分のやってみたいことをやってみる。ジェクス株式会社さんと篠山に合う方は、きっとそんな人だろうと思います。

ぜひ問い合わせてみてください。


社会福祉法人 和寿園 赤井英和

介護の仕事を始めようか迷っている方、あるいは介護の仕事を続けようか悩んでいる方にぜひ読んでほしい記事です。介護の仕事における小さな喜びとは何かが、見つかるかもしれません。

今回、ご紹介するのは社会福祉法人和寿園さんです。特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、デイサービス、サービス付き高齢者向け住宅などを運営されています。

今回は、介護副主任を務められる赤井さんにお話を伺いました。明るく、身振り手振りでお話しされる優しい方です。前職の時に、介護の仕事に対して大きな葛藤があり、かなり悩まれたそうです。

介護のお仕事の忙しさに流されていく日々。

”さっそくですが、赤井さんに介護の仕事についてお話を聞かせていただきます。ずっと介護の仕事をされているんですか?”

「はい、学校卒業後に20歳から介護の仕事につきました。最初は、和寿園とは違う施設で、11年ほどお世話になりました。」

”では、和寿園さんには中途入社されたんですね。前の職場を離れられた理由は何でしょうか?”

「うーん、介護の仕事は自分の資質、知識が伴わないと難しいものですが、そのどちらも不足していたのかなと思います。なかなか仕事がうまくいかず、周りの方に迷惑をかけているなと感じたからですね。」

「自分の介護のやり方も、一般職員の方への指導も、見本になる事もできていないと感じていました。かと言って、自分を成長させる意欲もあったのか怪しいです。忙しさにかまけて、毎日の業務をずるずると流して行くしかなかったのが、苦しかったです。」

仕事を長く続けていくと、日々の業務に身をまかせて、ずるずると流されていくようになることはわかる気がします。そうなると、自分の仕事が誰にどんなふうに役立っているか分からなく、仕事での手応えや喜びも感じなくなっていきます。

”前の職場を離れられてどうされましたか?すぐに求職活動されましたか?”

「いえ、半年ほど充電期間に入りました。走り続けてきたのか、だらだらやってきたのか分からないですが、一旦区切りをつけて、何もせずに過ごす時間を作りました。」

「そのときは、山にこもってぼーっと自分を見つめ直したり、家族と一緒に過ごしたりして休息をとりました。さすがに、徐々に奥さんから仕事しなさいとお尻を叩かれるようになり、求職活動しました(笑)」

”なるほど(笑) それで同じ介護の仕事を探されようと思われましたか?”

「いえ、最初は、介護の仕事で悩んでいたので、違う仕事にしようと思っていました。でも、自分の年齢、経験、資格を考えても、結局私ができることは介護しかないと思って。」

「もともと、定年まで働きたいと思っていたので、違う仕事を選んで自分に合わなかったらどうしようもないです。だから、介護の仕事をやろうと思いましたね。」

”介護の仕事を探されるなかで、いろんな求人を見られましたか?”

「いえ、ここ1社だけです。ハローワークきっかけでここを知りました。家から近い施設を探していました。」

「次の職場はどんな職場であれ、やりきろうと思っていました。ですので、特に職場見学もせず、内定をもらった時には入職しようと決めていましたね。」

介護のお仕事の小さな喜びを見つける

”なるほど、思い切りのいい決断で和寿園さんに入職されたんですね。入職されてみて、前の職場と比べてどうでしたか?”

「前職の時は、指導職の立場でしたので、思い切ったことは控えていました。しかし、和寿園に来た時は役職のない一般職員でしたから、何でもやってやろうと。そしたら、吹っ切れましたね。ですので今のほうが仕事をしていて楽しいですね。」

”吹っ切れたですか。どんなふうに仕事ぶりは変わりました?”

「利用者さんは年齢を重ねるにつれて、手足が不自由になり、できることが少なくなっていきます。しかし、笑うということは死ぬまでできます。だから、今は毎日、1つでも2つでも多く、利用者さんを笑わせようと思って仕事をしています。」

「耳が悪くなる方も多いので、声を出してもなかなか通じなかったりするんですね。だから、そのときは表情を思い切りつくったり、身振り手振りで話したり。お笑い芸人ではないですが、介護職員としてのキャラをつくると、良い反応が返ってきますね。」

相手にどのように働きかけるか、相手に何を届けるかは自分で決めることができる。ただ目の前の仕事を淡々とこなすよりも、そんな働き方をするほうがきっと仕事の時間が有意義になるのではないでしょうか。赤井さんのお話を聞いていると、そのように感じます。

”仕事をしている感覚よりも、利用者さんと一緒に暮らしているという感覚がありますか?”

「それはありますね。仕事の中のあらゆる場面で、遊びじゃないけど、楽しんでいる自分がいると思います。もちろん定時になったらすぐに帰りたいですが(笑) 仕事という感覚が消えている瞬間はあります。」

仕事をしているというよりも、利用者さんと一緒に生活している感覚に近そうです。生活の延長線上に、仕事があるような感じではないかと想像しました。

「もちろん、仕事はしんどいこともあります。現在では、介護副主任の職位をいただいていますので、一般職員の方の指導なども行います。ですので厳しい言葉をかけたりするのはしんどいですね。言わなくちゃいけないけど、当の自分はやれているのかと考えてしまいます。」

「かといって、みんなの見本になるよう完璧にやろうとすると、ガチガチになってしまって自分が楽しくなくなってしまう。その葛藤はあります。そのあたりはこれからの課題ですかね。今はもがいている時です。」

介護のお仕事で求めるもの。介護スキルではない何か。

”今、求人募集されていますが、一緒に働くならどういう人に来ていただきたいですか?”

「仕事の基本となる利用者さんの食事、排せつ、入浴介助は、ある程度回数を重ねればできると思います。なので、笑顔で面白い人かな(笑)」

”笑顔ですか(笑) どんな笑顔をつくれる人がいいですか?”

「一番は自然な笑顔を作れる事ですが、ある意味で作っても良いと思います。それが利用者さんにとってプラスになれば。家族や友人に対する顔と、利用者さんに対する顔と使い分けはあっていいです。」

「逆に、素の自分で利用者さんに接すると、ストレスを感じた時に家まで持って帰ってしまうと思うんですよ。この仕事は必ずストレスがかかりますけれど、そのストレスの解消の仕方として仕事用の顔があってもいいと思います。」

あと面白い人ですか。面白いってなかなか難しいですよね。

「じゃあ、個性的な人。個性があれば、私たちはその個性をいじることができるんですよ。そこから何かしら笑いが生まれます。つまりその人にどんな特徴を知る事が大切なんですよ。」

”和寿園さんにはどういう個性的な人がいますか?”

「うちで言うと、例えば、アニメオタクや筋トレマニアがいます。」

取材班は、全員大笑いしました。

「そう話すと笑ってくださいますよね。そうなると良いんですよ。職種によっては個性を消したほうがいいものもあると思います。でも、介護の仕事は個性があったほうが楽しいですし、利用者さんも喜ぶと思います。」

同じ仕事を長く続けると、仕事の単調さを感じたり、思い通りにいかなくなることは少なからず誰でもあると思います。そんなときは新しい職場に移ったり、少し休憩してみたりして、仕事での喜びを再発見するのもありかなと感じました。

社会福祉法人和寿園さんでは、今回ご紹介した介護職の他に、看護職と送迎運転手も募集されています。病棟の看護職とは違って、ゆったりとした時間のなかで利用者さんに向き合える看護の仕事のようです。

ぜひ問い合わせてみてください。


株式会社 夢こんだ 清水隆昌

与えられた仕事を超えて、“もっとこうしたほうがいいのでは”と気づき、改善したくなる。放っておけず、誰かに頼まれたわけでもないのに勝手にやってしまうことはありませんか?

今回ご紹介するのは、自分で組織の問題を見つけて、改善していくお仕事です。仕事中に気づいた違和感を、現場の方に伝えて改善していくことが求められます。与えられた仕事以外で自分の思うように動ける余地が非常に大きい仕事でもあります。

求人募集されているのは、日帰り温泉「こんだ薬師温泉ぬくもりの郷」を運営されている株式会社夢こんださん(篠山市今田町今田新田)です。

JR古市駅から車で10分ほどのところにあり、周りは緑豊かな山々に囲まれ、息を吸うと空気が澄んでいる気持ちのいい場所です。日帰り温泉施設でありますが、外観は旅館のような雰囲気があります。

中に入ってみると、床には赤絨毯が敷いてあり、どこか昭和の風情が漂います。都会の喧騒のなかでの暮らしに少し疲れた方が、日常から離れてひとときくつろげる場所に感じられます。また、温泉だけでなく、レストランやお土産売り場も運営されています。

自分で組織の問題を見つけて、改善していくお仕事。今回は、後方支援部を担当されている清水さんにお話を伺いしました。

”求人募集されているお仕事の内容はどういうものになりますか?”

「まずルーティン的なお仕事を言いますと、従業員のシフト管理や温泉の予約管理といった総務に近いものになります。そして、うーん、言葉で言うとなると難しいですが、もっと組織として生産的にムダなく運営できるような改善をして行く事ですかね。」

生産的にムダなく運営していく改善とはどういうことでしょうか?”

「例えば、データや金銭の管理をいかにするかといった改善ですね。管理体制を見直すことで、抜け漏れや手違いが起きるのを防ぐことにつながります。」

”なるほど。改善箇所は自分で見つけて行くという感じでしょうか?”

「うーん、そうですね。もちろん現場から対処すべき課題がとんでくることもあります。しかし、どんどん自分で解決すべき課題を見つけてほしいですね。」

仕事内容について、うーんと考えこまれる様子をみると、どうやらお任せしたい仕事に決まりはないようです。

「今は、メイン顧客層の年配の方ではなく、もう少し若い方にも来ていただきたいと考えています。ですので、若い方に弊社の魅力を発信するようなお仕事もやっていただければ。例えば、SNSで情報発信するとか。」

組織運営だけでなく、PRのお仕事もやろうと思えばやれるんですね。

「今田町の魅力も含めて、弊社の魅力をSNSで発信してくれるような人がいれば最高ですね。ルーティンな仕事もあると思いますが、自分の得意なことを活かしながら仕事を見つけてもらえれば。」

やりたいようにやる。さすがにこれは難しいかもしれませんが、会社のためになることだったら、やりたいようにやれる環境のようです。

”求めるスキルや経験はありますか?”

「いえ、特にはないです。弊社で磨いてくれたらいいですよ。まあ、スキルとしてあれば嬉しいのはワード、エクセルのPCスキルですかね。弊社にパソコンを触れる人が少ないので、重宝されますよ。」

「PCスキルがあれば、ホームページでPRするお仕事とかもやっていただけると思います。あとは、弊社とこの地域には観光資源がたっぷり眠っていますので、それを敏感に感じ取って情報発信できる人だといいですね。」

自分の得意なこと、できることを活かせるお仕事を見つけていける方だったら、非常に面白い求人のようですね。

「まず、入社されたら入浴施設、軽食コーナー、お土産売り場など、あらゆる現場を1、2カ月ほどで体験していただきます。そのなかで、この温泉にとって今後何をしていくのがいいかを少しずつ見つけていただければと思います。」

与えられた仕事だけでは満足できず、それ以外の自分の気づいたこともやってみる。それが良い結果をうみ、周りに受け入れられた時、人は自分の存在をより発揮できたと実感できるのではないでしょうか。おそらく、その瞬間働いていて本当に良かったと、きっと思えるはずです。

自分次第で仕事内容は大きく変わる。株式会社夢こんださんでは、そんな求人募集をされています。

ぜひ問い合わせてみてください。


株式会社 篠山自動車教習所 近藤正幸

あなたは、教習指導員と言う仕事にどんな印象をお持ちですか。正直、私はインタビューするまで堅苦しいお仕事だと思っていました。私が免許をとった時にお世話になった指導員の方からは、そんな雰囲気を感じたためです。

しかし、今回ご紹介する株式会社篠山自動車教習所さんの教習指導員のお仕事からは、そんな堅苦しさを感じません。どうすれば教習生に満足のいく教習を受けてもらえるか、そしてここでの生活を忘れられない思い出にできるか、と向き合い続けられている印象でした。

教習指導員職との出会い。心の琴線に触れる

営業チーフとしてご活躍されている近藤さんにお話を伺いました。柔らかくゆったりとお話される方です。

”まずは入社の経緯から伺いたいです。”

「もともとは、ホテルのフロントスタッフとして働いていました。しかし、会社都合で退職することになりまして、たまたま求人を見ていた時にここを見つけたのがきっかけですね。」

「何となくでしたが、“教える”ということにひっかかりました。小学生の頃の夢が先生だったことと関係してるのかな。正直な話、求人をあまりしっかりとは読んでいませんでしたね。」

仕事との出会いというのは、偶然性が強いものだと思います。何となく気になった、何となく心の琴線にひっかかったというように、何となくの出会いが多いのではないでしょうか。

”入社されてみて、最初の印象はどうでしたか?”

「ここの教習所は、教習生と指導員の距離が近くとてもフレンドリな感じだと思いました。」

「免許合宿の最後に、仲良くなった友達や指導員と離れるのが嫌ということで泣いている子もいます。あと、毎秋に弊社開催のイベントがあるんですが、そのときに卒業生がわざわざ帰ってきます。教習所に帰ってくるってなかなかないですよね。ただいま~!って感じで帰ってきます(笑)」

株式会社篠山自動車教習所さんは、学生が最も多い顧客層であり、14日間の免許合宿を主力サービスとされています。その期間中、合宿中の教習生とは毎日顔を合わせることになり、自然と心の距離も近くなります。まして、免許取得にむけて、たちはだかる壁や大変なことを一緒に乗り越えていくので、より互いに信頼関係がうまれそうです。

相手との丁寧な関係づくり。そこに仕事の手応えがある。

”やはり教習生との関係性づくりが大切ですか?”

「教習生はいろんなタイプの方がいます。ですので、相手にかける言葉に気を付けています。」

「褒めて伸びる子もいれば、いじって頑張る子もいますね。最初に教習生に受けていただく運転適性検査をもとに、個々に合わせた教習を行っています。例えば、この子は一気に説明すると混乱してしまうので、丁寧に1回1回時間を確保して説明するとか。言葉のかけ方は意識しています。」

まずは、適性検査の結果を見て、おおまかなタイプを知ります。次に、実際に会ってどんな人なんだろうと想像します。そして、教習をしながらその人をより理解して、かける言葉を丁寧に選んでいき、信頼関係を作っていくという感じでしょうか。

「やっぱり教習生と一緒に喜んでいる瞬間が一番いいですね。こっちが喜んでいるだけでなくてね。」

「弊社では教習開始時に教習生と握手をするんです。それで、教習終了時にも握手をするんですが、そのときに手に力がぐっと入っていたり、向こうから握手を求めてきたら一番いい感じです。この子にとって自分は役に立てたと。」

信頼関係ができると、いろんな話をしてくれるそうです。控える就職活動や恋愛の悩み相談など、教習生から非常に頼りにされるようです。

”入社当初から教習生への言葉のかけ方とか意識されてきたんですか?”

「そうですね。ただ入社して最初の1、2年は教習生への接し方に引き出しがないので苦労しました。何年後かの自分から見れば、もっとこう言えたのにと思う事がありますね。」

”引き出しとは、具体的には何ですか?”

「言葉のかけ方とかですね。あとは、教習生が今何をできていないのかを観察する力ですね。何が原因でできていないかまで見抜く必要があります。」

”なるほど。人を観察する力や、そのときにぴったりな言葉を選ぶ力が求められそうですね。満足のいく教習ができるようになったのではいつごろからですか?”

「満足できたことはないです。」

「先輩にも言われるんですが、50分間バッチリな教習ができたと感じるのは年に1回あるかないかくらいです。教習の合間の休憩時間中にうーん、さっきの教習は…と反省していますね。教習生が満足のいく教習は永遠の課題です。」

満足できたことはないです、と即答されたことに少し驚きを感じました。ただ、特別なストイックさというよりも、“もっとこうすれば良かったのになあ”とより良い教習を追い求める近藤さんの気持ちが伝わってきました。

自分と仕事の関係性がうまくいっている時は、仕事への手応えもありつつ、“もっとこうすれば良くなるのでは”と自然に考えます。もう少し良くしたいと無意識に思う時は、きっと自分に合った仕事ができているのではないでしょうか。

教職指導員になるには。そして、その仕事で自分を活かすには

”教習指導員として現場に出るのは、資格が必要でしたよね?”

「はい、そのとおりです。資格をとっていただくまでは、教習生の送迎や事務作業をしていただきます。その合間に勉強という感じですね。」

「年に3回実施されるので、そのどこかで受けていただくことになります。運転実技試験、学科試験、論文、面接があります。面接も教科書の内容を聞かれるので、基本的には暗記がメインになります。」

”なかなかお腹いっぱいになるメニューですね(笑)。近藤さんは、すんなりと資格をとられましたか?”

「僕は2回試験を受けて、ようやく資格をとりました。でも、現在は僕の資格取得ときと違って、今は業務中に資格勉強する時間があります。運転試験対策としても、僕らが横に乗って運転具合を見ます。なので、受かりやすいとは思いますよ。」

最後に、自分の得意なことを活かすと良いのではとお話されました。

「指導員によって教習生との接し方はいろいろです。教習中に1回は絶対笑わせてやろうと思っている人もいれば、わかりやすく整理して教えようとされている人もいます。その人の得意なことを活かしていただければと思います。」

「そうすれば、教習生が“あの人面白いですね”とか、“整理されていてわかりやすいです”と反応をくれます。一番だめなのは“眠いです”と言われることですね。そこは、その人の技量です。」

近藤さんは、今では教習指導だけでなく、チラシの考案、ホームページ・SNSの更新、各大学回りなど様々なお仕事で活躍されています。しかし、お話を聞いていると、入社のきっかけは“何となく”心の琴線に触れたから、ここに入社されたそうです。そして、少しずつ教習指導を“自分の仕事”にされていったのではないでしょうか。

株式会社篠山自動車教習所さんでは、他にもカフェの接客スタッフ、調理師、宿舎の清掃員、教習生の送迎員も募集されています。

この記事を読まれて、心の琴線に触れた方、ぜひ問い合わせてみてください。


フルヤ工業株式会社 降矢寿民

食堂が良い企業は、従業員を思いやる優良企業が多い。筆者の体験ではそう思っております。

今回ご紹介させていただくのは、大手メーカーなどと取引のあるプラスチック製品の開発及び金型設計・製造をされているフルヤ工業株式会社です。モノづくりの精神を大切にされている、

従業員にやさしい企業です。

代表取締役の降矢寿民さん

”御社の場合、社内託児所を設置されるなど、従業員が働きやすい環境づくりに重きをおかれている印象を受けます。”

「託児所もそうですが、まずは社員食堂をぜひご紹介させて下さい。非常におしゃれで、社外からのお客様にも大変驚かれます。“新卒の面談を食堂でされたらインパクトありますよ”とご提案いただくほどの、自慢の食堂です。」

*社員食堂内観その1

*社員食堂内観その2

食堂が良い企業は、従業員を思いやる企業が多いという印象です。

「今年創業100年を迎えるに当たって、タイ現地法人の工場見学を行い、社員旅行をしました。そこに付随して、食堂のリニューアルも行いました。普段貢献してくれている社員に還元して喜んでもらえたらいいなという想いが強かったんです。」

「社内託児所は2015年に設立しました。産休の従業員が託児所に子どもを預けることで早く復帰してくれたり、一旦退職した子も戻ってきていますね。」

*託児所「サボテンハウス」外観

託児所を設立することで女性従業員の方が育児しながら働きやすい環境を整えられています。それを実現できる背景としては、創業100年という長い期間蓄積してきた技術をもとに、大手メーカーと取引されているといった安定性にありそうです。

”時計や車、カメラなどの身近な製品の部品を作られていますよね?”

「はい、うちで作っているのは生活でよく手にしたり、目にする製品の外観部品がほとんどです。生活しているとうちが作っている製品に自然と目が留まります。例えば、うちの従業員が新幹線に乗った時に自分が携わっている製品があったと驚いて喜んでいました。」

誰もが知っているような腕時計の外枠やカメラのグリップも、フルヤ工業株式会社で作られているそうです。

”面白いですね。自分が携わったものに生活のなかで触れたり、目が留まったりというのはやりがいにも繋がりますね。”

「自分も技術課長とドイツに行った時に、うちが外観部品を担当した某大手メーカーのカメラがショップにあって、感慨深げになりました。自分たちが設計したものが、ドイツにもあったと。」

フルヤ工業株式会社では他社の真似をするのではなく、最新の技術開発に力を注がれているそうです。

「私は、今後業界の中で生き残っていくためには最新の技術開発をやっていくしかないと思っています。他社の真似をして後追いするのではなく先駆けとなることを目指しています。これは、先代の社長の時から言われていますね。」

「例えば、弊社の”2色成形”という技術は今では当たり前ですが、当時はなかったです。ない中でそういう設備を持ち、そこから色々な業界にPRして最新になることを目指してきました。最近であれば、シリコンと樹脂を一体で作ることにより、難易度も付加価値も高く世の中のニーズに合った製品を作り出せる技術を開発しました。」

「ドイツの展示会に行き、ヨーロッパの高い技術が今後日本でも要求されると思い、早くに設備投資をしました。その後に国内の展示会でPRし普及させ、量産につなげていきました。」

”国内で最先端の技術を保有する会社が篠山市にあるんですね。ぜひ、篠山市で働こうと思う方にメッセージをお願いします。どんな人にフルヤ工業さんに来てほしいですか?”

「うちの社員はほとんどが文系出身です。文系出身であっても理系出身であっても、要は“ものづくり”にこだわりを持っていればいいです。生活のなかで自分が作ったものを手にしたり、お店で見ることができることに喜びを感じ、そのこだわりを持って仕事に取り組める方に来て欲しいですね。」

“文系出身者が多いんですね。文系が集まる理由は?”

「どうなんだろう。どちらかというと、モノづくりに向いてるのは血液型!(笑) B型が向いているのかな。B型のこだわりは異質ですね。モノに対する考え方は、すごいと思いますね。」

“社長はちなみに?”

「O型です。A型に近いね(笑) あと、学歴は気にしません。」

”入社してから育てていくという感覚でしょうか?”

「そうですね。3年前に役員になった方とかは、本当に生え抜きで、入社20年で役員です。最年少です。38歳で役員になりました。頑張れば、誰でもチャンスはありますよ。」

大きな会社だと、努力をしてもなかなか仕事のチャンスが回ってこないと聞きます。しかし、ここではやる気があって技術があれば正当に評価される環境がありそうです。

自分がつくったモノが生活のなかにあるというのは、非常に心地よいものだと思います。生活のなかで目にする、手にする、そしてもっとこうすればいいのではと考える、そんなふうにお仕事ができる会社ではないかと感じました。ぜひお問い合わせください。

2018年11月投稿


医療法人社団紀洋会 ぽっぽ保育園 千賀 昌代

医療法人社団紀洋会 ぽっぽ保育園 千賀 昌代さん

・地域に根ざしたより良い医療と介護

医療法人社団紀洋会は、兵庫県篠山市を拠点として多様な診療科と部門からなる「岡本病院」と複数の「介護施設」の2つの柱で地域の医療を支える企業です。

医療や介護の現場と言えば女性が活躍する職種の代表みたいな感じがします、
女性が仕事に専念できる環境はどのように創られていったのでしょうか。

・選ぶ企業から選ばれる企業へ

平成6年当時の「岡本病院」は病床数126床で診療科は6診療科、職員数は70名程度でした。介護分野も特養中心で行政主導の措置入所制度の時代でした。
都会で働くことにステータスを感じる時代で、地元には医療従事者が極めて少なく、特に正看護師よりも准看護師の方が多い時代で、優秀な人材の確保、それどころか人材そのものを確保することが難しく、また世間的に結婚や妊娠をすれば退職というような意識のある時代でもあったので、ある意味で本当に大変な時代でした。

そこから「人材の確保」と「女性に長く安心して勤めていただく為にはどうしたら良いのか」を模索していきました。

そして24時間保育をして職員が安心して仕事が出来る環境を作ることそして女性の出産・育児という大きなイベントにおいて、しっかりと支援することが安定した医療の提供に結びついていき地域医療への貢献ができる。独自の開設へと考えがまとまっていきました。

当時の経営状況から見て企業としての経済的な負担は決して小さなものではありませんでしたし、運営経験もなかったのですが

“当時の理事長の職員を大切にしないといけない“の思いを形にするように
「平成6年7月1日にぽっぽ保育園が開園されました。」

・会社は大きな家族!それを支えるぽっぽ保育園

“ぽっぽ保育園開園当時から努めている千賀さんのインタビュー“

私が保育士を目指したのは、憧れていた職業だったからです。短大で資格を取得しましたが、当時の保育士は就職難で、他の職業に就く人も多かったです。なので、今現在も資格を活かして働けることは本当に良かったなと思っています。

・勤続24年のキャリア

篠山出身ではなく、縁があり引っ越ししてきました。できればしっかり働きたいと思っていましたので、ぽっぽ保育園の募集を知り資格を活かして働きたく、就職しました。元々公立の保育園で働いていましたので、夜勤など初めての経験でしたが、これまで以上に学ぶことが多くすべてが新鮮でした。

今年で働いて24年になります。篠山に住み半年後には、ぽっぽ保育園で働き始めたので、ぽっぽ保育園は私の生活の一部であり、友人や同僚、たくさんの方に出逢いました。

・保育士の仕事

今は15名ほどのお子さんを預かり毎日楽しく仕事をしています。ぽっぽ保育園で働き、本当に多くのお子さんを見送ってきました。時々、卒園児の保護者の方に会うと写真を見せて頂いたり、成長されたお話を聞いたり、懐かしく嬉しい気持ちになります。

嬉しいこと、時に辛いこともありましたが、やはり私は保育士という仕事が好きなんですね。

・女性が安心して働ける環境とは

今までの経験から私が大切にし、重要に思っていることは、保護者の方とのコミュニケーションです。例えば、お子さんの普段の様子や、好きなもの、好きな事など何気ないことでも知ることでより良い保育をすることに繋がるのではないでしょうか。

保育園での様子、保育園以外での様子、伝え合う事の大切さを常に感じています。登園や降園時に話をして(時に長くなりますが)信頼関係を築いていくことを大切にしています。

・24時間365日の保育実践!!

現在はスタッフ(保育士)5名で頑張っています。

そして紀洋会で働く全職種のお子さんが対象であることがこの施設の特徴です。正社員、パートに差はありません。

常時通うお子さんの保育以外に夜勤保育、学童保育、他園に通うお子さんの午後保育などに応じて職員がうまく働けるようシフトを調整しています。また、台風などの不測の事態で突然 休園休校になった場合でも保育ができるよう迅速に対応しています。アレルギーを持つお子さんの食事や病気の対応等にもきめ細かに対応しています。

その他にも登録園児制度があり、ぽっぽ保育園を卒園されたお子さんも保護者の勤務に合わせて急遽、保育園の利用ができるようにフォローもしています。

・ぽっぽの一日

基本的に保護者が仕事に行く日が登園日です。

日中の時間は戸外遊び、室内遊びで元気に過ごし、年齢、人数により保育内容も変わります。雨天でも施設が広いのでのびのびと過ごせます。また晴れた日には四季の森公園にお散歩に行くこともあり、自然環境にも恵まれています。

・苦労とやりがい

ぽっぽ保育園は4月入園に限らず途中入園されるお子さんも多いため、常にその対応に追われますが、最初は泣いていたお子さんが慣れてきてお友達と遊ぶ姿を見ると嬉しく思います。

最近はテーマを決めてスタッフ各自で意見を出し合い、より良い保育に活かせるような話し合いをしています。例えば、子供たちが日々使うもの安全性についてや、保育室の片付け、使いやすい配置などです。自主性を尊重し個性を伸ばす遊びや、季節の行事についても新しいアイデアを取り入れています。

・今後の展望

毎年4月になると公立の保育園・幼稚園や小学校に進級されて、ぽっぽ保育園を卒園するお子さんもいれば、登録園児として公立に通いながら引き続き利用される方もいます。土日の利用や夜勤保育、休園休校時の際の利用です。

ぽっぽ保育園だからできること、他にない魅力あるところをこれからもどんどん利用してほしいと思います。

24年も経つと、ぽっぽ保育園を卒園されたお子さんが大人になって、紀洋会で働いておられる方や、看護師を目指して勉強を始めたお子さんたちもいます。それは、思ってもいなかった事で、将来もっと広がっていくのかなと考えれば私たち保育士も(そのことに)関わる事が出来たのだと嬉しく思い、誇りに思うのです。

そして私自身が介護をする年代になりました。

院内保育園で長く働いて、病院の同僚や同期、預かるお子さんの保護者の方はさまざまな資格を持って働いている方がおられるので、専門知識や色々な話を聞くことができます。職員の年代もさまざまでお子さんを預けて働くお母さんもいれば、私のように介護をしながら働く職員もいるのではないでしょうか。

それぞれのライフステージで家庭と仕事の両立ができるから、長く勤めることができる。それが紀洋会だと思うのです。

篠山と言えば都市部から見れば田舎のイメージはあるかもしれませんが通勤圏内にあり住みやすく働きやすく不便なことは感じません。

大阪までも1時間で行けますし、子育てしたり、働いたりするにはとても良い環境だと思います。それに人々がとてもあたたかく支え合うやさしさが篠山市にはあるように思います。近くに相談できる友人や同級生、家族がいる。この環境の素晴らしさに気づくことができると思います。

当時の理事長が女性に長く勤めていただくにはどうするべきか考えた

結果の先にぽっぽ保育園が開設され、紀洋会を支え続けています。

現代は開園当時よりも働く女性が多くなり、働きやすい時代になりました。

このような企業が増えることが地域活性になり人口流出の減少につながるのではないかと思います。

 

ぜひ皆さん紀洋会で一緒に働きましょう。

2018年11月投稿


株式会社 小田垣商店

インタビュー者:営業販売部 部長 山本哲様

・篠山から全国へ 黒豆の老舗「小田垣商店」

1734年が創業になりますが、その頃は丹波黒とは関係のない鋳物商(いものしょう:金物屋)を営んでおりました。1868年に当社の前身である小田垣種苗店へ転業いたしました。現在の社長で7代目になります。
主に弊社が取り扱う商品は、丹波黒大豆と丹波大納言小豆が中心となっています。明治元年に創業し、黒豆の種と、大納言の種を販売するようになって、地元の生産農家さんにお世話になり、収穫されたものを小田垣が仕入・選別、販売するというのが事業の発祥になります。

昭和45年に減反政策がスタート以降、それまでは、あぜ豆として丹波黒豆は植え付けられていたのが、減反政策がスタートしたと同時に水田でも丹波黒を作るようになりました。

そこから少しずつ販路を拡大していき全国の小売店さん、豆屋さんなどに苦労して頂きながら一般の消費者の方に丹波黒を認知してもらえるようになり、今の丹波黒大豆、丹波大納言小豆の老舗の会社としての位置を築きました。

※(株)小田垣商店外観

 

・丹波黒大豆の歴史「全国に至るまでの苦難の道」

丹波黒大豆の特徴は、大粒で丸くて粉が吹いているという事、これが大きな特徴なんです。粉を吹いているという特徴について「見た目が汚れている」という事を昔は言われていました。そして当時は粉を拭き取るためにわざわざ磨いていたようです。

北海道の黒豆が「ひかり黒」といわれ磨いているから綺麗なんです。それに対して丹波黒大豆は粉が吹いており値段も高いと言われることもあり、最初はどのようにブランド化するのか色々と苦労したようです。

ただ、「値段は高いけれども大粒で美味しい。」というのを何年もかかって小田垣が中心となって東京や日本全国の小売店に説明しご納得していただいて広がったという事です。今と違って交通の利便性が悪く、配達ひとつにしても運送業者もありませんし、地道にご説明にお伺いして大変苦労したと聞いています。

・「自身で調理し素材の味を楽しむ」

本当は、丹波黒大豆を年間通して食べていただきたいのですが、毎年、秋以降から年末に注文が集中しています。年間需要としては加工用・調理済みで比べると割合が「6:4」で加工用が断然多く占めていると思います。ですが一般家庭で丹波黒大豆は「調理する時間や手間がかかる」と言ったイメージがあるのでしょうか、調理済みの物を購入される方が多いという傾向があります。日本の文化として豆はできればご自身で家庭、ご自身の味で調理していただきたいなと思います。


※店内風景

 

・全国区から世界へ「小田垣が考える」マーケティング戦略

5年前から香港で展示会を行ったり、台湾に視察に行ったりしています。今後少しずつですが、加工品をアジア中心に販売できればと考えています。来年から減反政策の関係もあり、農業の仕組みも変わってきますから、販路を広げて生産者さまに作って頂いたものを販売できるようにと思っています。

小田垣が大切に考えているのは、生産者の方々が「丹精こめて作った丹波黒大豆と大納言小豆の売れ残りをゼロにする。」そういった想いで全国から世界に発信しています。生産者さまに少しでも還元したい、そういった気持ちで日々仕事をしています。

※丹波黒大豆の「手より選別」作業風景

 

・小田垣の「味が出る仕事」とは

私が率直に思うのが「地味な会社」なんですよね(笑)というのが、仕事自体も地味なんですけども、それが篠山には丁度いいと私は思っています。「やっていくうちに味が出てくる仕事」です。

日頃している仕事・作業は「手より選別」といいまして、弊社の大切な選別作業です。朝8時30分から夕方5時まで女性たちが一生懸命に一粒一粒品質を見極めてくれています。1日1人で100キロ選別し、1日中、目と手の五感で選別する手作業なので、忍耐力も必要で大変な仕事です。

男性の作業は力仕事が多く、黒豆の入っている大袋(30キロ)を選別また保管・出荷します。それを1日1000から1500袋を動かします。これは本当に忍耐力が必要で、地道な気持ちを持ちながらモチベーションを保つことが必要な仕事だと思います。

・離職率が低いその理由

丹波黒は地元の特産でもありますし、日本一、世界一大きな品種の黒豆を扱っているという事で、非常にお客様に喜んでいただける機会が多いです。特に年末は、黒豆が大きいなどの反響も増えています。その他には、ご購入頂きましたお客様にお礼状を必ずお出しするのですが、お客様にも返信していただく機会がありまして、
「今年は美味しく炊けました。ありがとう。」とお喜びの声を頂く機会が多くあります。他にも、ホームページのコメントを書いて頂いたりと様々なところでお声をいただき社員一同、大変うれしく思っています。

電話や文章でのやりとり以外にも、お客様と直に触れ合う機会もあります。例えば、「食育」について会が開かれたその時に参加されたお客さまが、お礼の電話をくだささった事もあります。食育を通じて参加頂いた消費者の方のご意見や丹波黒への想いを従業員のみんなで「お客様の声」として共有し「お客様からいただいた喜びの声を従業員一人一人に伝える」これを非常に大事にしています。

仕事には派手さは無いですし忍耐力も必要ですが、働く環境や、歴史ある仕事やお客様のありがたいお言葉にやりがいを持って仕事をしてもらっている所が、勤続40年の大ベテランの社員も在籍する、離職率の低くさに繋がっているのかも知れません。


※丹波黒大豆の「手より選別」作業風景②

 

・従業員の男女比について

準社員さんを含めて約58人、男性が18人、女性が40人と女性が多いです。
女性ならではの繊細さを必要とする作業が多いからかも知れません。最も重要な手より選別作業は、全員女性で最近ここ10年では若い方も多く働いて頂けるようになりました。高卒で採用もするようになりましたし、Uターンの方も増えてきました。

・会社が大切にする「従業員への感謝の心」

老若男女問わず従業員たちの親睦の場が数多く小田垣にはあります。一昨年は、社員旅行で海外に行きました。他にもバス一台を貸し切って約50人で毎年、京都へ初詣に行ったり、春は花見をしたりしています。年に1回必ず親睦旅行をする会社も景気とともに少なくなってきているかと思いますが、「従業員同士の親睦を深めてほしい。」という、会社から職場環境への配慮や思いやりが感じられ大変嬉しく思います。

・小田垣で一緒に働きませんか?

この職場に向いている人は、真面目で正直で素直さがあってキッチリとした仕事ができる人でしょうね。小田垣商店で一緒に働いていただける方を随時募集しております。興味がおありの方は是非ご連絡ください。Iターンの方や、Uターンの方も大歓迎です。そして、できれば篠山に住んで欲しいです。是非一度ご覧ください。


株式会社 いなかの窓 西本 和史

・地方IT企業「いなかの窓」の方向性

現在、私たちの会社に事業は大きく分けて4つの事業があります。

1,WEBサイト事業
ウェブサイトの企画・制作とショッピングサイトの運営。
システム開発など

2,デザイン事業
デザインについては主にポスター・チラシ・パンフレットなど紙媒体の広告物全般と、ブランディング系の広告、販売促進の広告、封筒や名刺と幅広く制作しています。

3,メディア事業
メディア事業では「#ささやま」という地域の魅力を発信するポータルサイトの運営と全国向けに「趣味ちゃんねる」という自分の趣味を発掘するサイトを運営しています。

4,サポート事業
サポートは主にハードウェアとかパソコンが壊れたとかWi-Fiが繋がらないなどの問題を解決する細やかなサービスとハードウェアやソフトウェアを導入するという相談が多いですね。

の4つに分かれています。

・趣味チャンネルってなんですか?

一言で言えば自分にあった趣味を探すサイトです。閲覧数は月間で60万PV、年間でいうと800万PVにもなるサイトを運営しています。市内にでもこれだけの閲覧されるサイトを持っている人はなかなかいないと思います。
趣味ちゃんねるリンク

・#ささやまってなんですか?

#ささやまは昨年にクラウドファンディングで市内の方々から出資を募って市内の情報を面白く笑って見てもらえるポータルサイトです。例えばSNSや既存のサイトには情報に偏りや、限りがあったりしますが、シャープ篠山はそういった垣根が無く閲覧者の方に笑って見てもらえる親近感が持てるようなサイトにしています。クスっと笑える発信内容なので是非一度見てください。
#ささやまリンク

・地方を目指した若手起業家

代表の本多とは中学生時代の同級生で、もう一人のデザイナーの箕浦は本多と高校時代の同級生でした。学生を卒業してからそれぞれ3人はフリーランスや企業で勤めたりとバラバラの生活をしていましたが、ある時みんなでチャットやスカイプをしてて「篠山に戻って一旗あげるか!!」という話になって、それからみんなスパッと仕事を辞めて篠山市に戻ってきて「株式会社いなかの窓」を起業しました。

3年前の起業当時に事業内容はあまり決まっていなくて、とりあえず自分たちに出来る事をしようと考え、何で社会に貢献できるかとか、何が収益になるかを考えて、少しずつ今の事業の内容になっていったという感じです。現在のIT関連の業態になったのは、3人にITのスキルがあっただけで、例えば我々が大工や飲食業をというスキルを身に付けていたら違う業態での起業になっていたかもしれませんね。ですのでその時の「自分たちのできることをやる」という考え方が会社の基本的な考え方になっていきました。

 

※デザイナーの箕浦さん

 

・つまらないを面白く!企業ブランディングへ 

篠山をつまらないと感じている人は、篠山をつまらないと思っているからだろうと思っていて、少し視点を変えれば様々な情報やコンテンツがころがっているのではないかと思いますし、それらは強みになると思っています。そんなことを一言で表現しようと尖っていた創業当時に「つまらないのは自分たちじゃないか!」みたいなキャッチコピーを考えてみたりもしましたね(笑)。そんな一種の反骨精神みたいなものが会社を初めたきっかけでもありましたし、もちろん篠山市が大好きという想いが根幹の部分にあったので、篠山のマイナスに思われているところを僕らの目線でプラスにしてやるぞって思いましたね。あっこれは名言です(笑)

篠山市に戻って来て仕事をしていく中で、多い案件としては企業のホームページを制作したりチラシやパンフレットの制作が多くなってきて感じたのが、篠山には大きな企業や、地域の中で人気のある会社があるのに、その魅力や情報が上手く発信されていないと感じました。特に情報発信においては都会と比べて質が劣っていると感じましたね。そういった事でお客様にお手伝いできないかと考え、ホームページやECサイトを制作して終わりでは無くブランディングや広報という部分でもサポートできる体制を創り、充実したサービスを提供できるように心がけてきました。そんな中で企業様や個人様と共に歩むようになり「いなかの窓に頼んで良かった」や「本当に助かった」と言われことが仕事をしていて満たされる瞬間でもありますね。

 

※インタビュー者:取締役社長 西本さん

 ・現代の地方の歩き方

地方で仕事をする意味は人それぞれだと思いますが、代表の本多が言うには、都会より人材が少ないので、自分自身にスキルがあれば活躍できるチャンスがあるという所が地方で働く魅力の一つかもしれないですね。UターンIターンのような外部の目を持ったスキルのある人材は今後、地方都市には今よりもっと需要が高まると思います。

その他には、ライフスタイルで考えると都会の雑騒なところで過ごすより、静かなところで生活しながら仕事をする事もありかなと思いますね。「ゆったりとしたライフスタイル」と「自分でも活躍できるかもしれない」というところの2つを両立できることが”いなかの窓”の強みなっているとも思います。そしてなにより、地方都市で仕事をする場合は人間関係が都会に比べて近いので、この人の役に立てているという「やりがい」を感じる機会に溢れていると思います。

・モチベーションの維持

私は以前は大きな企業で勤めていましたが、そのような大企業は各部門で仕事を分けています。例えば、総務部門の中でも様々な作業部門があって機能別になっていたりします。その時私の業務といえば採用の数字だったり、統計を出す仕事をしていましたが、その仕事が何の役に立つのかが見えてきませんでしたね。自分の今している仕事は誰から来た仕事なのか?とイメージしづらかったり、今している仕事は誰の役に立てているのか?と「誰かの役にたっているというやりがい」を見出しにくく感じましたので、企業の際にはその部分に注意しました。ですので現在は、全体的に人口が少なくなると人間関係が濃密なものになっていく地方での仕事環境の中で、より身近なお客様と一緒に地域の盛り上げて行けているなと思えることに、仕事の幸せを感じながらモチベーションの維持にも繋がっていっています。

 

※エンジニアの本多さん

 ・地域創生のその先

今後の会社の進んでいく方向性としては「個々のやりたい事を実現できる会社」にしていく事ですね。現在一緒に働いている仲間たちであったり、私個人であったり、一人一人の個性を大切にしていきたいと思っています。例えば新しいサービスを作りたいと、やりたい事を見つけて考え始めるスタッフがいた時に、社内で協議しそのような案件の後押しできる体制を創っていきたいと考えています。そうなれば全体的に自由な発想を持って仕事が楽しくできる会社になっていくと思うからです。まだまだ企業して間もないですが様々なノウハウも蓄積してきましたので、スタッフ皆でそれらを共有し自身の理想のライフスタイルを叶えられるような企業になって行きたいですね。

記者「このインタビューを見ている人へメッセージってありますか?」

えっと・・・そうですね。「目的が無くても楽しく働ける」ってどうですか?(笑)夢が無くても楽しく働ける!そんな町です篠山市!以上です。
あっ、やっぱりココはカットでお願いします。(笑)


杉尾農園 代表 杉尾 誠

・安定した生活から60歳での挑戦

大学卒業後、定年まで宝塚の市役所に勤めていました。第二の人生は「一花咲かせたい」ということで、それまで父がやっていた農業を始めました。若い時は、父のしていた農業を継ぐとは考えていませんでしたので、農機具は父が亡くなった時に全部売りに出していたんですよ。ですから、農業を新たに始めた時は農機具をすべて買い直しましたから大変でしたね。そして、最初は市役所の仕事をしながら、兼業農家という形でしていました。定年退職後から現在、専業農家で仕事をしています。

・組織の中で情報収集

市役所に勤めている時に広く浅く様々な事業のことを勉強させていただきました。それらを活かし40歳から50歳まで準備期間に費やそうと考え、農業に関する自分自身の力をつけるために情報収集をしました。市役所の業務に、支障のない不動産事業を50代から始め、60歳になる頃には、収支の合うような事業をするようになりました。若い時から何かやれと言われたら「一直線に集中して突っ走るタイプ」でしたし、人がやらないような事をやっていきたいというような考えを常に持っていました。結局は社長になりたかったんです、社長に(笑)

 

 ・「農業の顔」本質は「起業家」

実は僕は、農業だけをしている訳ではありません。農業も事業の一つというだけで、色んな事業をしています。その中の一つの事業が農業というだけです。他には不動産業などをしております。不動産業と言いましても色々な種類があります。マンション経営、住宅、家を貸すものもありますよね。自動販売機、太陽光発電、土地を貸す、コンテナを貸すなども。私はその内、5つから6つの事業をしています。あとは、資金運用もやっています。株とか、ファンドとかですかね。どうしても杉尾農園という農業にスポットがあたりがちですけど(笑)

・「育成」と「継承」

自分が好きではじめた事業「杉尾農園」を息子が継ぎたいと言ってくれた時は、親としても本当に嬉しいと感じました。ですのでこの事業を2代目にしっかり継承する事が次の目標ですね。と言っても、まだまだ現役でやりたい事がいっぱい私にはあるので、息子に気力・体力的にもまだまだ負けないぞ!と思ってますけどね(笑)そして自身の事業だけではなく、今後も新規就農者を受け入れ、独立準備からのお手伝いができればと考えています。私の会社では農業のノウハウ、不動産事業もありますから、「仕事と住まい」の両面からお役に立てると思っています。

 

・やまもとちえこさん

元々の出身は大阪です。現在、篠山に移住し杉尾農園に主人が勤めております。2017年12月からは独立して、篠山で農業で起業するただいま絶賛準備期間中です。

・「都会で起業」or「田舎で起業」

大阪で結婚生活をしている中で、老後の事を考える機会が増えました。「自分達で何かしたい。」という考えをこれまでずっと持っていたので、このまま大阪で老後を迎える、という事に不安や違和感がありました。主人の前職が飲食店でしたので、飲食店経営も夢のひとつでしたが、大阪は人口が多く競争が激しいですし、店を出すとなっても大金が必要ですので、そういったことなどを考えすぎて踏み出せずにいました。

・移住キーワード「住まい・仕事」+ α

杉尾農園の娘さんとは20代の時からの友人で、篠山に何回か遊びにいく機会がありました。その娘さんに杉尾農園を紹介してもたったのですが、元々興味があった「田舎暮らし・農業」と「夫婦で何かしたい。」という想いのキーワードがカチっと歯車が合ったんですよね。そこから移住までの動きはものすごく早かったです。(笑)

杉尾農園には移住を考える人のキーワードになる「住まい・仕事」この両面のサポートをしていただいたことが大きかったと思います。そして現在は、農業で起業するためのノウハウを学び、起業準備をしながら、篠山での田舎暮らしを満喫しています。そんな生活の中で友人・知人も増えて、大阪などの都市部にアクセスの良いこの環境がすごく気に入っています。

 

・HONKI de FARM ー本気で農業ー

この12月から、HONKI de FARMという名前で事業をスタートします。「夫婦二人三脚で真剣に農業をしていきたい。」という夫婦の想いを名前に込めました。杉尾農園みたいに、大型専業農家では出来ない、私たち二人だからこそできる小回りのきく農業をしていきたいと考えています。美味しさ、安全さ、そしてオシャレさにこだわって野菜作りをしていきたいと考えています。私は前職でWEBデザインの仕事をしていましたので、それを活かして野菜のパッケージを考案したり、SNSを利用して広報を担当していきたいです。主人が野菜作りに専念できるよう、しっかり支えていきたいと思っています。


Linda Linda 代表 堀川直人

インタビュー者:なかい いくみ様

・”こんな素敵なお店で働いてみたい!”前職と同じ職業に復帰を決意

最初はお客としてリンダリンダを利用していました。当時、担当のスタイリストさんに「一緒に働かない?」と声を掛けられたのがお店に入ったきっかかけになります。実は、前職で美容室に勤めていた経験がありまして、美容師のお仕事が大変なのは知っていましたが、お客として美容室を利用するうちに「こんな素敵なお店で働いてみたい!」と思うようになりリンダリンダで勤めることにしました。

 

・ お客様に喜んでもらいたい” 新たな挑戦

今、実際に勤めてみて「楽しい!」の一言に尽きますね。職場環境も良くて、仕事も充実しています。
私は現在、美容師の資格が無ありませんので、主な仕事はスタイリストさんのヘルプに入ってお手伝いをしています。でも、働いているうちに「お客様にカットして喜んでもらいたい。」と思うようになりました。そして美容室の資格をとりたいなと思い、現在は美容室で働きながら美容師学校に通って資格取得のために頑張っています。

 

 

・家庭・仕事・勉強の両立

私には小さな子供がいます。好きな仕事と勉強を両立できているのも、家族の支えがあるからです。本当にすごく恵まれてるなって思ってます。美容師の仕事は土・日に休みがなかなか取れませんが、家族がしっかりサポートしてくれるおかげです。そしてお店のオーナーも「お店に子供を連れてきてもいいよ。」と言っていただいたり、職場環境にも随分と助けられています。「家庭・仕事・勉強」の3つを両立するのは大変ですけど、家族やお店のみんなに支えられて両立できています。

 

・技術を磨いてスタイリストに

美容師資格を取得することは大変ですね。スクーリングもありますし、筆記、実技と勉強三昧です。「子育て・仕事・勉強」の3本を両立するのは、なかなか大変です。(笑)でも、美容師の国家資格を早く取得して、お客様にカットをして喜んでいただきたいですね。そして何より少しでもお店のお役に立ちたいです。資格取得してスタイリストとして自立して技術を磨き、お店の役に立ちたいと考えています。本当にオーナーやお店のスタッフの皆さんのことが好きで、少しでも早く力になりたいです。

 

インタビュー者:堀川直人さま

・都会への憧れ、四国から単身大阪へ

恥ずかしい話なんですけど、ドラマの影響ですね。木村拓哉が主演の「ビューティフルライフ」を見てカッコいいなと思ったんです(笑)単純ですね。(笑)
僕は四国の香川県出身で、四国から出た事が無かったんですよ。学生の時野球一筋で。とにかく四国を出たい。都会に行きたい一心でした。そして大阪で美容師として働きはじめました。

・美容師から転職

楽しい事ばっかりじゃ無かったですね。正直、給料も安いし、勤務時間も長いし、業務が終わってからカットの練習をしたりと、当時は遊びたいばっかりでしたね。当時僕は18歳で専門学校は出ていなかったので、通信学校に行きながら仕事していたんですよ。だから友達もいなくて、お金も無くて、遊ぶ時間も無くて、ほんとに大変でしたね(笑)

実は美容師免許を取得してから、一度美容師をリタイア(退職)しているんですよ。その後、サラリーマンで営業の仕事に就いてました。で、その営業職も3年ほどして退職して、また美容師に戻りました。結局キツイ仕事ですけど美容師という仕事が好きなのでしょうね(笑)

・田舎の空気で子供を育てたい と篠山に転居を決意

当時は僕も妻も大阪に住んでいたのですが、僕は香川県出身。妻は篠山市出身。子供は次の年に小学校に入学というタイミングに「香川、篠山どちらかの田舎に引っ越したい。」と夫婦で話していたんです。

子供を田舎で、のびのび育てたかったんですよね。住む場所はどちらでもよかったのですが、住居にこだわりがあって、店と家が一緒なのが僕の中で理想だったんですよね。そのタイミングで、たまたま理想の物件が篠山にあったんですよ(笑)でも、その物件を購入するにしても当時は若かったですし、資金面で正直不安がありました。物件を買うにも銀行はお金を貸してくれないと思っていたのですが・・・。ところが「えっお金が借りれるんだ!?じゃあ購入しよう!」って事で直ぐに決断しました(笑)ほんとそんなノリです(笑)篠山に住みたいとかじゃなくって。そんな理由だったり、子供を田舎の空気で育てたいとか、妻の実家の近くで子育てしやすいかなってほんとにそのぐらいの考えでした。

・夫婦二人三脚でお店をスタート

実は僕は、篠山に引っ越してから2年ぐらいは大阪に通って美容師を続けていました。店をオープンして最初1年は妻が店を切り盛りして、僕は大阪に仕事に、そんな生活をしていました。香川県から大阪は遠いですが、篠山から大阪までは電車で1時間の距離なんで苦もなく大阪まで通勤してました。いよいよ篠山の店も忙しくなってきて僕も戻って仕事を二人でするようになりました。それが僕が30歳の時です。

・高齢化社会を視野に入れた新しいビジネス

僕の理想のお店は、現在篠山市は約42,000人で今後高齢者社会になるじゃないですか?そんな中で、篠山市の幅広い層のお客様に満足していただけるような店にしたいです。「地域に密着したお店」といえばいいでしょうか。例えば、高齢者の交通手段が無いお客様にも喜んでもらえるような、移動型の訪問美容とかそういった事も視野に入れて展開していけたらって思ってます。

・納得できるかっこいい働き方、生き方

僕には夢があるんですよね。オシャレな雑貨屋もしたいんです。店舗の隣の部屋の壁をバーンってぶち抜いてね(笑)アメリカに行って買い付けに行きたいんですよね。隣の部屋をアメリカのアンティークな雑貨で埋め尽くしたいです。今後は出張型でカットしたり、雑貨を買い付けにアメリカに行ったりとか、新しい外の動きをしていけたらなって夢があるんです。そんな自分の中のカッコいい理想の働き方・生き方をしたいなって思います。

 

インタビュー者:堀川恵里さま

・自分らしくゆったりと

大阪時代は大手の美容室で勤めていました。
当時のお店では毎日がとても忙しくバタバタと一日が過ぎて行く…そんな日々の中で私にはお客様を心から喜ばせてられる自信と、自分が心から美容師としての仕事を楽しめている自信がありませんでした。しかし、今では自分らしくお客様と向き合えるお店で、最高に楽しい日々を過ごさせて頂いてます。

・子育てと仕事がうまくライフスタイルと融合できる篠山市

夫婦で大阪で理想の美容室をオープンさせたいと言う夢をリアルに想像した時に、
私達は店、子供達はマンションで留守番する。という環境はどうか?と考えた時に「私達の理想のお店と暮らしって本当に都会ですることなのかな…」と疑問が出てきました。

そう考えている中、現在のお店であるこの物件と出会いました。
住居兼店舗で、しかも表からは店舗しか見えなくて。大通りに面しているのではなく、奥ばった場所にあります。口コミで知ってもらえる「隠れ家」の様な。そんな私たちの理想の物件と。

子供がお店に「ただいま」って帰ってくれば、お客様も「おかえり」と声をかけて下さる。お客様にリラックスしていただけて、ゆったり自分スタイルで、自身も心から楽しんで働ける。

そのこだわりを出せるお店であり、子供達が安心して帰ってこれるお店。田舎って素晴らしい。ほんとに篠山っていい街だと思います。子供達もすくすく元気にのびのび心も綺麗に育ってくれています。空気は綺麗で、星も綺麗です。

娘が「ママ見て!星がすごくキレイ!篠山に引っ越してきて良かったな!」って言ってくれた時はほんとに嬉しかったです。成長する子供達を見れば、ほんと田舎に引っ越してきて良かったなと思っています。

都会が好きな私にとっても、大阪、神戸、京都まで1時間ですぐに行けるこの距離が篠山の大きな魅力の一つです。

 

インタビュー者:なかい いくみ様

・”こんな素敵なお店で働いてみたい!”前職と同じ職業に復帰を決意

最初はお客としてリンダリンダを利用していました。当時、担当のスタイリストさんに「一緒に働かない?」と声を掛けられたのがお店に入ったきっかかけになります。実は、前職で美容室に勤めていた経験がありまして、美容師のお仕事が大変なのは知っていましたが
、お客として美容室を利用するうちに「こんな素敵なお店で働いてみたい!」と思うようになりリンダリンダで勤めることにしました。

 

 

・ お客様に喜んでもらいたい” 新たな挑戦

今、実際に勤めてみて「楽しい!」の一言に尽きますね。職場環境も良くて、仕事も充実しています。

私は現在、美容師の資格が無ありませんので、主な仕事はスタイリストさんのヘルプに入ってお手伝いをしています。でも、働いているうちに「お客様にカットして喜んでもらいたい。」と思うようになりました。そして美容室の資格をとりたいなと思い、現在は美容室で働きながら美容師学校に通って資格取得のために頑張っています。

 

 

 

・家庭・仕事・勉強の両立

私には小さな子供がいます。好きな仕事と勉強を両立できているのも、家族の支えがあるからです。本当にすごく恵まれてるなって思ってます。美容師の仕事は土・日に休みがなかなか取れませんが、家族がしっかりサポートしてくれるおかげです。そしてお店のオーナーも「お店に子供を連れてきてもいいよ。」と言っていただいたり、職場環境にも随分と助けられています。「家庭・仕事・勉強」の3つを両立するのは大変ですけど、家族やお店のみんなに支えられて両立できています。

 

 

・技術を磨いてスタイリストに

美容師資格を取得することは大変ですね。スクーリングもありますし、筆記、実技と勉強三昧です。「子育て・仕事・勉強」の3本を両立するのは、なかなか大変です。(笑)でも、美容師の国家資格を早く取得して、お客様にカットをして喜んでいただきたいですね。そして何より少しでもお店のお役に立ちたいです。資格取得してスタイリストとして自立して技術を磨き、お店の役に立ちたいと考えています。本当にオーナーやお店のスタッフの皆さんのことが好きで、少しでも早く力になりたいです。

 

インタビュー者:堀川直人さま

・都会への憧れ、四国から単身大阪へ

恥ずかしい話なんですけど、ドラマの影響ですね。木村拓哉が主演の「ビューティフルライフ」を見てカッコいいなと思ったんです(笑)単純ですね。(笑)
僕は四国の香川県出身で、四国から出た事が無かったんですよ。学生の時野球一筋で。とにかく四国を出たい。都会に行きたい一心でした。そして大阪で美容師として働きはじめました。

 

 

・美容師から転職

楽しい事ばっかりじゃ無かったですね。正直、給料も安いし、勤務時間も長いし、業務が終わってからカットの練習をしたりと、当時は遊びたいばっかりでしたね。当時僕は18歳で専門学校は出ていなかったので、通信学校に行きながら仕事していたんですよ。だから友達もいなくて、お金も無くて、遊ぶ時間も無くて、ほんとに大変でしたね(笑)

実は美容師免許を取得してから、一度美容師をリタイア(退職)しているんですよ。その後、サラリーマンで営業の仕事に就いてました。で、その営業職も3年ほどして退職して、また美容師に戻りました。結局キツイ仕事ですけど美容師という仕事が好きなのでしょうね(笑)

 

 

・田舎の空気で子供を育てたい と篠山に転居を決意

当時は僕も妻も大阪に住んでいたのですが、僕は香川県出身。妻は篠山市出身。子供は次の年に小学校に入学というタイミングに「香川、篠山どちらかの田舎に引っ越したい。」と夫婦で話していたんです。

子供を田舎で、のびのび育てたかったんですよね。住む場所はどちらでもよかったのですが、住居にこだわりがあって、店と家が一緒なのが僕の中で理想だったんですよね。そのタイミングで、たまたま理想の物件が篠山にあったんですよ(笑)でも、その物件を購入するにしても当時は若かったですし、資金面で正直不安がありました。物件を買うにも銀行はお金を貸してくれないと思っていたのですが・・・。ところが「えっお金が借りれるんだ!?じゃあ購入しよう!」って事で直ぐに決断しました(笑)ほんとそんなノリです(笑)篠山に住みたいとかじゃなくって。そんな理由だったり、子供を田舎の空気で育てたいとか、妻の実家の近くで子育てしやすいかなってほんとにそのぐらいの考えでした。

 

 

・夫婦二人三脚でお店をスタート

実は僕は、篠山に引っ越してから2年ぐらいは大阪に通って美容師を続けていました。店をオープンして最初1年は妻が店を切り盛りして、僕は大阪に仕事に、そんな生活をしていました。香川県から大阪は遠いですが、篠山から大阪までは電車で1時間の距離なんで苦もなく大阪まで通勤してました。いよいよ篠山の店も忙しくなってきて僕も戻って仕事を二人でするようになりました。それが僕が30歳の時です。

 

・高齢化社会を視野に入れた新しいビジネス

僕の理想のお店は、現在篠山市は約42,000人で今後高齢者社会になるじゃないですか?そんな中で、篠山市の幅広い層のお客様に満足していただけるような店にしたいです。「地域に密着したお店」といえばいいでしょうか。

例えば、高齢者の交通手段が無いお客様にも喜んでもらえるような、移動型の訪問美容とかそういった事も視野に入れて展開していけたらって思ってます。

 

 

・納得できるかっこいい働き方、生き方

僕には夢があるんですよね。オシャレな雑貨屋もしたいんです。店舗の隣の部屋の壁をバーンってぶち抜いてね(笑)アメリカに行って買い付けに行きたいんですよね。隣の部屋をアメリカのアンティークな雑貨で埋め尽くしたいです。今後は出張型でカットしたり、雑貨を買い付けにアメリカに行ったりとか、新しい外の動きをしていけたらなって夢があるんです。そんな自分の中のカッコいい理想の働き方・生き方をしたいなって思います。

 

インタビュー者:堀川恵里さま

・自分らしくゆったりと

大阪時代は大手の美容室で勤めていました。
当時のお店では毎日がとても忙しくバタバタと一日が過ぎて行く…そんな日々の中で私にはお客様を心から喜ばせてられる自信と、自分が心から美容師としての仕事を楽しめている自信がありませんでした。しかし、今では自分らしくお客様と向き合えるお店で、最高に楽しい日々を過ごさせて頂いてます。

 

 

 

・子育てと仕事がうまくライフスタイルと融合できる篠山市

夫婦で大阪で理想の美容室をオープンさせたいと言う夢をリアルに想像した時に、
私達は店、子供達はマンションで留守番する。という環境はどうか?と考えた時に

「私達の理想のお店と暮らしって本当に都会ですることなのかな…」と疑問が出てきました。

 

そう考えている中、現在のお店であるこの物件と出会いました。
住居兼店舗で、しかも表からは店舗しか見えなくて。大通りに面しているのではなく、奥ばった場所にあります。口コミで知ってもらえる「隠れ家」の様な。そんな私たちの理想の物件と。

子供がお店に「ただいま」って帰ってくれば、お客様も「おかえり」と声をかけて下さる。お客様にリラックスしていただけて、ゆったり自分スタイルで、自身も心から楽しんで働ける。

そのこだわりを出せるお店であり、子供達が安心して帰ってこれるお店。田舎って素晴らしい。ほんとに篠山っていい街だと思います。子供達もすくすく元気にのびのび心も綺麗に育ってくれています。空気は綺麗で、星も綺麗です。

娘が「ママ見て!星がすごくキレイ!篠山に引っ越してきて良かったな!」って言ってくれた時はほんとに嬉しかったです。成長する子供達を見れば、ほんと田舎に引っ越してきて良かったなと思っています。

都会が好きな私にとっても、大阪、神戸、京都まで1時間ですぐに行けるこの距離が篠山の大きな魅力の一つです。

 

インタビュー者:なかい いくみ様

・”こんな素敵なお店で働いてみたい!”前職と同じ職業に復帰を決意

最初はお客としてリンダリンダを利用していました。当時、担当のスタイリストさんに「一緒に働かない?」と声を掛けられたのがお店に入ったきっかかけになります。実は、前職で美容室に勤めていた経験がありまして、美容師のお仕事が大変なのは知っていましたが
、お客として美容室を利用するうちに「こんな素敵なお店で働いてみたい!」と思うようになりリンダリンダで勤めることにしました。

 

 

・ お客様に喜んでもらいたい” 新たな挑戦

今、実際に勤めてみて「楽しい!」の一言に尽きますね。職場環境も良くて、仕事も充実しています。

私は現在、美容師の資格が無ありませんので、主な仕事はスタイリストさんのヘルプに入ってお手伝いをしています。でも、働いているうちに「お客様にカットして喜んでもらいたい。」と思うようになりました。そして美容室の資格をとりたいなと思い、現在は美容室で働きながら美容師学校に通って資格取得のために頑張っています。

 

 

 

・家庭・仕事・勉強の両立

私には小さな子供がいます。好きな仕事と勉強を両立できているのも、家族の支えがあるからです。本当にすごく恵まれてるなって思ってます。美容師の仕事は土・日に休みがなかなか取れませんが、家族がしっかりサポートしてくれるおかげです。そしてお店のオーナーも「お店に子供を連れてきてもいいよ。」と言っていただいたり、職場環境にも随分と助けられています。「家庭・仕事・勉強」の3つを両立するのは大変ですけど、家族やお店のみんなに支えられて両立できています。

 

 

・技術を磨いてスタイリストに

美容師資格を取得することは大変ですね。スクーリングもありますし、筆記、実技と勉強三昧です。「子育て・仕事・勉強」の3本を両立するのは、なかなか大変です。(笑)でも、美容師の国家資格を早く取得して、お客様にカットをして喜んでいただきたいですね。そして何より少しでもお店のお役に立ちたいです。資格取得してスタイリストとして自立して技術を磨き、お店の役に立ちたいと考えています。本当にオーナーやお店のスタッフの皆さんのことが好きで、少しでも早く力になりたいです。

 

インタビュー者:堀川直人さま

・都会への憧れ、四国から単身大阪へ

恥ずかしい話なんですけど、ドラマの影響ですね。木村拓哉が主演の「ビューティフルライフ」を見てカッコいいなと思ったんです(笑)単純ですね。(笑)
僕は四国の香川県出身で、四国から出た事が無かったんですよ。学生の時野球一筋で。とにかく四国を出たい。都会に行きたい一心でした。そして大阪で美容師として働きはじめました。

 

 

・美容師から転職

楽しい事ばっかりじゃ無かったですね。正直、給料も安いし、勤務時間も長いし、業務が終わってからカットの練習をしたりと、当時は遊びたいばっかりでしたね。当時僕は18歳で専門学校は出ていなかったので、通信学校に行きながら仕事していたんですよ。だから友達もいなくて、お金も無くて、遊ぶ時間も無くて、ほんとに大変でしたね(笑)

実は美容師免許を取得してから、一度美容師をリタイア(退職)しているんですよ。その後、サラリーマンで営業の仕事に就いてました。で、その営業職も3年ほどして退職して、また美容師に戻りました。結局キツイ仕事ですけど美容師という仕事が好きなのでしょうね(笑)

 

 

・田舎の空気で子供を育てたい と篠山に転居を決意

当時は僕も妻も大阪に住んでいたのですが、僕は香川県出身。妻は篠山市出身。子供は次の年に小学校に入学というタイミングに「香川、篠山どちらかの田舎に引っ越したい。」と夫婦で話していたんです。

子供を田舎で、のびのび育てたかったんですよね。住む場所はどちらでもよかったのですが、住居にこだわりがあって、店と家が一緒なのが僕の中で理想だったんですよね。そのタイミングで、たまたま理想の物件が篠山にあったんですよ(笑)でも、その物件を購入するにしても当時は若かったですし、資金面で正直不安がありました。物件を買うにも銀行はお金を貸してくれないと思っていたのですが・・・。ところが「えっお金が借りれるんだ!?じゃあ購入しよう!」って事で直ぐに決断しました(笑)ほんとそんなノリです(笑)篠山に住みたいとかじゃなくって。そんな理由だったり、子供を田舎の空気で育てたいとか、妻の実家の近くで子育てしやすいかなってほんとにそのぐらいの考えでした。

 

 

・夫婦二人三脚でお店をスタート

実は僕は、篠山に引っ越してから2年ぐらいは大阪に通って美容師を続けていました。店をオープンして最初1年は妻が店を切り盛りして、僕は大阪に仕事に、そんな生活をしていました。香川県から大阪は遠いですが、篠山から大阪までは電車で1時間の距離なんで苦もなく大阪まで通勤してました。いよいよ篠山の店も忙しくなってきて僕も戻って仕事を二人でするようになりました。それが僕が30歳の時です。

 

・高齢化社会を視野に入れた新しいビジネス

僕の理想のお店は、現在篠山市は約42,000人で今後高齢者社会になるじゃないですか?そんな中で、篠山市の幅広い層のお客様に満足していただけるような店にしたいです。「地域に密着したお店」といえばいいでしょうか。

例えば、高齢者の交通手段が無いお客様にも喜んでもらえるような、移動型の訪問美容とかそういった事も視野に入れて展開していけたらって思ってます。

 

 

・納得できるかっこいい働き方、生き方

僕には夢があるんですよね。オシャレな雑貨屋もしたいんです。店舗の隣の部屋の壁をバーンってぶち抜いてね(笑)アメリカに行って買い付けに行きたいんですよね。隣の部屋をアメリカのアンティークな雑貨で埋め尽くしたいです。今後は出張型でカットしたり、雑貨を買い付けにアメリカに行ったりとか、新しい外の動きをしていけたらなって夢があるんです。そんな自分の中のカッコいい理想の働き方・生き方をしたいなって思います。

 

インタビュー者:堀川恵里さま

・自分らしくゆったりと

大阪時代は大手の美容室で勤めていました。
当時のお店では毎日がとても忙しくバタバタと一日が過ぎて行く…そんな日々の中で私にはお客様を心から喜ばせてられる自信と、自分が心から美容師としての仕事を楽しめている自信がありませんでした。しかし、今では自分らしくお客様と向き合えるお店で、最高に楽しい日々を過ごさせて頂いてます。

 

 

 

・子育てと仕事がうまくライフスタイルと融合できる篠山市

夫婦で大阪で理想の美容室をオープンさせたいと言う夢をリアルに想像した時に、
私達は店、子供達はマンションで留守番する。という環境はどうか?と考えた時に

「私達の理想のお店と暮らしって本当に都会ですることなのかな…」と疑問が出てきました。

 

そう考えている中、現在のお店であるこの物件と出会いました。
住居兼店舗で、しかも表からは店舗しか見えなくて。大通りに面しているのではなく、奥ばった場所にあります。口コミで知ってもらえる「隠れ家」の様な。そんな私たちの理想の物件と。

子供がお店に「ただいま」って帰ってくれば、お客様も「おかえり」と声をかけて下さる。お客様にリラックスしていただけて、ゆったり自分スタイルで、自身も心から楽しんで働ける。

そのこだわりを出せるお店であり、子供達が安心して帰ってこれるお店。田舎って素晴らしい。ほんとに篠山っていい街だと思います。子供達もすくすく元気にのびのび心も綺麗に育ってくれています。空気は綺麗で、星も綺麗です。

娘が「ママ見て!星がすごくキレイ!篠山に引っ越してきて良かったな!」って言ってくれた時はほんとに嬉しかったです。成長する子供達を見れば、ほんと田舎に引っ越してきて良かったなと思っています。

都会が好きな私にとっても、大阪、神戸、京都まで1時間ですぐに行けるこの距離が篠山の大きな魅力の一つです。

 


フリーランス 田代 沙織

・靴職人・デザイナー・ライター・子育てママ

現在は主に4つのお仕事をしています。主人がハンドメイドの靴を作りお店を営んでおります。私は、主人の事業のサポート、株式会 いなかの窓でデザインを勉強させてもらいながら仕事をしています。そして、株式会社 ご近所でブログを書くライターとしてのお仕事です。あと、子育てと、きちんと主婦業も頑張っていますよ(笑)

 

・Handmade Shoes Nelio

https://nelioshoes.jimdo.com/

・Access :  兵庫県篠山市西本荘2-1(旧雲部小学校内 2F) 

 

主人は、職人気質なので仕事へのこだわりが強いんです。靴を作るのにも、一つ一つ丁寧に大切に作るので、一足作るにも時間がかかります。それに、集中すると他の所に手が回らなくなってしまって。それなら私が接客と商品の宣伝広告を担当して、主人を支えたいと思いました。そういった経緯の中で、今私に必要なスキルとして、デザイナーやライターとして学びたいと思い、(株)いなかの窓、(株)ご近所で勤めながら勉強させていただいています。

・海外暮らし、都会暮らしを経て、田舎を選ぶその「理由」

私は、大阪で生まれて父親が海外の大学に入れたいという想いから、ニュージーランドに渡って10年間生活していました。でも、私は日本が好きだったので、大学卒業後日本に帰国し結婚しました。仕事は商社OLをして、そこから手に職をと思い、調理師免許を取り、飲食店で働いていました。しかし、飲食のお仕事は時間が不規則で。自分たちの家庭が疎かになってしまうのが嫌になり、丁度そんな時に妊娠していることがわかりました。妊娠したタイミングで、どこで育てたいのか?という事を考えました。ニュージーランドも田舎で、ゆったりとした環境だったので、交通量の多い都会よりは、子供が木の枝を持って自然の中で遊んでいることをぼんやりイメージしていて、やっぱり田舎がいいなと思いました。

主人は元々、証券会社で働いた後に退職。靴の勉強をして色々な所で修行後に独立。現在は、篠山市雲部の、閉校になった小学校を再利用した教室を一つ借りて店舗を構えています。私の妊娠がわかった時主人は、神戸で自宅兼工房として働き、生活していました。しかし、このまま都会で生活していても、都会に埋もれてしまうんじゃないかと思うことがありました。色んな人に相談をし、篠山を知り、「篠山っていい感じやなー」って最初は軽いノリで来ました。親類がいるなど、そういったゆかりは全くないです。

 現在、お腹にいた子は2歳半になり、こっちに引っ越してきて丸3年経ちました。篠山で主人の仕事、そして子育ても、田舎での生活にも馴染み、本当に今では移住して良かったと思います。

 

・「自分を満たすこと」の大切さ

仕事や子育てなど色々な事をしていると、どれを優先に考えるのか?と、すごく悩んでいた時期がありました。まず最初に子供のことを考えて、次に旦那さん、最後に私自身のこと。普通は、息子と旦那さんを優先してしまいますよね。でも、自分が元気で満足していないと子供にも良く接してあげられないんじゃないかと思ったのです。

まず、「自分を満たす事で、人に優しくできる。」それに気づかせてくれたのが主人なんですよ。子育てが大変で私が辛い時に。主人に「まず、自分やで。」って。あの一言で、すごく救われたのを今でも覚えています。自分を犠牲にして子供の相手しててもダメだよと、色んな事を考えさせてくれるきっかけをくれました。子供にも、「お母さん自由にしてんな。自由でいいねんな。」って思ってもらえらた嬉しいです。

 

 

・私がやりたいこと「家庭を支えること」

私は、デザイナーになりたい!とかライターになりたい!とは思っていませんでした。デザインは高校の授業で少し勉強していました、ですが実際に主人の仕事を手伝うにあたり、もうちょっとデザインの勉強したいなと思いました。どんなに良いものでも、伝え方が下手だったら伝わりません。伝え方が良いと売れている物は沢山ありますよね。主人がせっかく良いものを作ってるから、キチンとした伝え方を勉強したいと思いました。「家庭・主人を支える」といった根っこがあって現在の働き方があると今は思います。

もともと保守的で、自分から動けなかったんですよ。どうせ自分なんてという気持ちがあり、自信もありませんでした。でも現在の環境、仕事での関わり方は、私でいいんやと思えるようになりましたし、皆さまが本当に良くしてくださいます。「自由でいいんだ」て思えるようになりました。だから今後は旦那さんに対しても、こういう風にしたらどう?などビジネスパートナーとして提案出来たらいいなと思いますね。

 

 

 

 ・過去のキャリアに学ぶ、現在のワークスタイルとは

OL時代と比べて子育てと家業、自身の仕事と忙しく大変ですが、今の方が断然楽しいですね!それは自分がやりたい事、楽しい事をキチンと明確にしているからだと思います。自分で考え、自分で選択、そして行動まで出来ていることが大切だと思いました。本当の意味で、自分自身の経験が実になっているという実感があります。例えば、上司から言われたことをただしているわけではなく。こうしたらどうだろ、こっちがいいかな?と自分の頭で考えるという大切さを感じました。

デザインも、ざっくりとしたイメージを形にするのがすごく楽しいです。デザインの会社の先輩はやっぱりすごいです、ちょっとしたアドバイスで仕上がりが全然違って本当に勉強になります。まだ始めて1カ月なんですけれども、旦那さんの靴屋のチラシを作ってみようと思ってやってみたら、結構いいものができて。短い間でも、これだけのものが作れているんだ!と自分の成長を実感できて、今のワークスタイルがとても楽しいです。

 

・フリーランス✕地方

現在のワークスタイルを都会で確立することは正直難しいと思います。都会だと沢山人もいて、お客様も沢山いて、需要が多くあるとは思いますが、その分競争も激しく、忙しく、雑多な中で仕事や生活をしなければなりません。その中で、主人の商売や家族を今のように支える事が出来るのか?と言えば無理でしょうね。囲い込みが難しく仕事に埋もれてしまいそう。それに、田舎のお仕事ならではの、パイが狭い分繋がりが深いので、仕事をいただけたりすることもありますよね。

もちろん都会も好きなんですよ(笑)でも時々でいいんです。服を買いに行ったり、美味しいものを食べ歩いたり。それは、時々だから有難味があるというか。今は、田舎での日常をゆっくり、自分のペースで生活できる。これが本当に幸せです。人のペースに巻き込まれて、しんどくなってしまうタイプなので、自分と向き合える時間もできますし、まず時間の流れが全然違いますね。都会では、何もしてないのにすごく忙しく感じていました。もちろんこちらの新しい生活に慣れるまで大変なこともありました。でも、それ以上に得るものがたくさんありました。 何か生活が変わる時のタイミングで自分を見つめなおして田舎暮らしを考えてもいいかもしれませんね。