株式会社 いなかの窓 西本 和史

・地方IT企業「いなかの窓」の方向性

現在、私たちの会社に事業は大きく分けて4つの事業があります。

1,WEBサイト事業
ウェブサイトの企画・制作とショッピングサイトの運営。
システム開発など

2,デザイン事業
デザインについては主にポスター・チラシ・パンフレットなど紙媒体の広告物全般と、ブランディング系の広告、販売促進の広告、封筒や名刺と幅広く制作しています。

3,メディア事業
メディア事業では「#ささやま」という地域の魅力を発信するポータルサイトの運営と全国向けに「趣味ちゃんねる」という自分の趣味を発掘するサイトを運営しています。

4,サポート事業
サポートは主にハードウェアとかパソコンが壊れたとかWi-Fiが繋がらないなどの問題を解決する細やかなサービスとハードウェアやソフトウェアを導入するという相談が多いですね。

の4つに分かれています。

・趣味チャンネルってなんですか?

一言で言えば自分にあった趣味を探すサイトです。閲覧数は月間で60万PV、年間でいうと800万PVにもなるサイトを運営しています。市内にでもこれだけの閲覧されるサイトを持っている人はなかなかいないと思います。
趣味ちゃんねるリンク

・#ささやまってなんですか?

#ささやまは昨年にクラウドファンディングで市内の方々から出資を募って市内の情報を面白く笑って見てもらえるポータルサイトです。例えばSNSや既存のサイトには情報に偏りや、限りがあったりしますが、シャープ篠山はそういった垣根が無く閲覧者の方に笑って見てもらえる親近感が持てるようなサイトにしています。クスっと笑える発信内容なので是非一度見てください。
#ささやまリンク

・地方を目指した若手起業家

代表の本多とは中学生時代の同級生で、もう一人のデザイナーの箕浦は本多と高校時代の同級生でした。学生を卒業してからそれぞれ3人はフリーランスや企業で勤めたりとバラバラの生活をしていましたが、ある時みんなでチャットやスカイプをしてて「篠山に戻って一旗あげるか!!」という話になって、それからみんなスパッと仕事を辞めて篠山市に戻ってきて「株式会社いなかの窓」を起業しました。

3年前の起業当時に事業内容はあまり決まっていなくて、とりあえず自分たちに出来る事をしようと考え、何で社会に貢献できるかとか、何が収益になるかを考えて、少しずつ今の事業の内容になっていったという感じです。現在のIT関連の業態になったのは、3人にITのスキルがあっただけで、例えば我々が大工や飲食業をというスキルを身に付けていたら違う業態での起業になっていたかもしれませんね。ですのでその時の「自分たちのできることをやる」という考え方が会社の基本的な考え方になっていきました。

 

※デザイナーの箕浦さん

 

・つまらないを面白く!企業ブランディングへ 

篠山をつまらないと感じている人は、篠山をつまらないと思っているからだろうと思っていて、少し視点を変えれば様々な情報やコンテンツがころがっているのではないかと思いますし、それらは強みになると思っています。そんなことを一言で表現しようと尖っていた創業当時に「つまらないのは自分たちじゃないか!」みたいなキャッチコピーを考えてみたりもしましたね(笑)。そんな一種の反骨精神みたいなものが会社を初めたきっかけでもありましたし、もちろん篠山市が大好きという想いが根幹の部分にあったので、篠山のマイナスに思われているところを僕らの目線でプラスにしてやるぞって思いましたね。あっこれは名言です(笑)

篠山市に戻って来て仕事をしていく中で、多い案件としては企業のホームページを制作したりチラシやパンフレットの制作が多くなってきて感じたのが、篠山には大きな企業や、地域の中で人気のある会社があるのに、その魅力や情報が上手く発信されていないと感じました。特に情報発信においては都会と比べて質が劣っていると感じましたね。そういった事でお客様にお手伝いできないかと考え、ホームページやECサイトを制作して終わりでは無くブランディングや広報という部分でもサポートできる体制を創り、充実したサービスを提供できるように心がけてきました。そんな中で企業様や個人様と共に歩むようになり「いなかの窓に頼んで良かった」や「本当に助かった」と言われことが仕事をしていて満たされる瞬間でもありますね。

 

※インタビュー者:取締役社長 西本さん

 ・現代の地方の歩き方

地方で仕事をする意味は人それぞれだと思いますが、代表の本多が言うには、都会より人材が少ないので、自分自身にスキルがあれば活躍できるチャンスがあるという所が地方で働く魅力の一つかもしれないですね。UターンIターンのような外部の目を持ったスキルのある人材は今後、地方都市には今よりもっと需要が高まると思います。

その他には、ライフスタイルで考えると都会の雑騒なところで過ごすより、静かなところで生活しながら仕事をする事もありかなと思いますね。「ゆったりとしたライフスタイル」と「自分でも活躍できるかもしれない」というところの2つを両立できることが”いなかの窓”の強みなっているとも思います。そしてなにより、地方都市で仕事をする場合は人間関係が都会に比べて近いので、この人の役に立てているという「やりがい」を感じる機会に溢れていると思います。

・モチベーションの維持

私は以前は大きな企業で勤めていましたが、そのような大企業は各部門で仕事を分けています。例えば、総務部門の中でも様々な作業部門があって機能別になっていたりします。その時私の業務といえば採用の数字だったり、統計を出す仕事をしていましたが、その仕事が何の役に立つのかが見えてきませんでしたね。自分の今している仕事は誰から来た仕事なのか?とイメージしづらかったり、今している仕事は誰の役に立てているのか?と「誰かの役にたっているというやりがい」を見出しにくく感じましたので、企業の際にはその部分に注意しました。ですので現在は、全体的に人口が少なくなると人間関係が濃密なものになっていく地方での仕事環境の中で、より身近なお客様と一緒に地域の盛り上げて行けているなと思えることに、仕事の幸せを感じながらモチベーションの維持にも繋がっていっています。

 

※エンジニアの本多さん

 ・地域創生のその先

今後の会社の進んでいく方向性としては「個々のやりたい事を実現できる会社」にしていく事ですね。現在一緒に働いている仲間たちであったり、私個人であったり、一人一人の個性を大切にしていきたいと思っています。例えば新しいサービスを作りたいと、やりたい事を見つけて考え始めるスタッフがいた時に、社内で協議しそのような案件の後押しできる体制を創っていきたいと考えています。そうなれば全体的に自由な発想を持って仕事が楽しくできる会社になっていくと思うからです。まだまだ企業して間もないですが様々なノウハウも蓄積してきましたので、スタッフ皆でそれらを共有し自身の理想のライフスタイルを叶えられるような企業になって行きたいですね。

記者「このインタビューを見ている人へメッセージってありますか?」

えっと・・・そうですね。「目的が無くても楽しく働ける」ってどうですか?(笑)夢が無くても楽しく働ける!そんな町です篠山市!以上です。
あっ、やっぱりココはカットでお願いします。(笑)


2018年2月21日号 篠山市の求人情報のご案内

兵庫県篠山市の求人情報のご案内です.

求人一覧pdf

詳しく求人内容を知りたい方、面接希望の方は、ハローワーク篠山の窓口へお越しください。

・2月13日~2月19日までにハローワークが受理した求人情報です。
・求人内容の詳細をお知りになりたい方は、ハローワーク篠山(電話 079-552-0092)へご連絡をお願いします。また、面接にはハローワークが発行する紹介状が必要です。
・表中の「求人番号」をハローワーク係員にお伝えください。
・パートタイム求人の場合、賃金は時間給表示しております。
・情報作成後において、採用等により求人の取消しがされている場合がありますので、その際はご了承ください。
・企業名等を記載しています。

・ハローワーク篠山出張所の詳細

住所:〒669-2341 兵庫県篠山市郡家403−11
電話:079-552-0092
開館時間:
土曜日 定休日
日曜日 定休日
月曜日 8時30分~17時15分
火曜日 8時30分~17時15分
水曜日 8時30分~17時15分
木曜日 8時30分~17時15分
金曜日 8時30分~17時15分

杉尾農園 代表 杉尾 誠

・安定した生活から60歳での挑戦

大学卒業後、定年まで宝塚の市役所に勤めていました。第二の人生は「一花咲かせたい」ということで、それまで父がやっていた農業を始めました。若い時は、父のしていた農業を継ぐとは考えていませんでしたので、農機具は父が亡くなった時に全部売りに出していたんですよ。ですから、農業を新たに始めた時は農機具をすべて買い直しましたから大変でしたね。そして、最初は市役所の仕事をしながら、兼業農家という形でしていました。定年退職後から現在、専業農家で仕事をしています。

・組織の中で情報収集

市役所に勤めている時に広く浅く様々な事業のことを勉強させていただきました。それらを活かし40歳から50歳まで準備期間に費やそうと考え、農業に関する自分自身の力をつけるために情報収集をしました。市役所の業務に、支障のない不動産事業を50代から始め、60歳になる頃には、収支の合うような事業をするようになりました。若い時から何かやれと言われたら「一直線に集中して突っ走るタイプ」でしたし、人がやらないような事をやっていきたいというような考えを常に持っていました。結局は社長になりたかったんです、社長に(笑)

 

 ・「農業の顔」本質は「起業家」

実は僕は、農業だけをしている訳ではありません。農業も事業の一つというだけで、色んな事業をしています。その中の一つの事業が農業というだけです。他には不動産業などをしております。不動産業と言いましても色々な種類があります。マンション経営、住宅、家を貸すものもありますよね。自動販売機、太陽光発電、土地を貸す、コンテナを貸すなども。私はその内、5つから6つの事業をしています。あとは、資金運用もやっています。株とか、ファンドとかですかね。どうしても杉尾農園という農業にスポットがあたりがちですけど(笑)

・「育成」と「継承」

自分が好きではじめた事業「杉尾農園」を息子が継ぎたいと言ってくれた時は、親としても本当に嬉しいと感じました。ですのでこの事業を2代目にしっかり継承する事が次の目標ですね。と言っても、まだまだ現役でやりたい事がいっぱい私にはあるので、息子に気力・体力的にもまだまだ負けないぞ!と思ってますけどね(笑)そして自身の事業だけではなく、今後も新規就農者を受け入れ、独立準備からのお手伝いができればと考えています。私の会社では農業のノウハウ、不動産事業もありますから、「仕事と住まい」の両面からお役に立てると思っています。

 

・やまもとちえこさん

元々の出身は大阪です。現在、篠山に移住し杉尾農園に主人が勤めております。2017年12月からは独立して、篠山で農業で起業するただいま絶賛準備期間中です。

・「都会で起業」or「田舎で起業」

大阪で結婚生活をしている中で、老後の事を考える機会が増えました。「自分達で何かしたい。」という考えをこれまでずっと持っていたので、このまま大阪で老後を迎える、という事に不安や違和感がありました。主人の前職が飲食店でしたので、飲食店経営も夢のひとつでしたが、大阪は人口が多く競争が激しいですし、店を出すとなっても大金が必要ですので、そういったことなどを考えすぎて踏み出せずにいました。

・移住キーワード「住まい・仕事」+ α

杉尾農園の娘さんとは20代の時からの友人で、篠山に何回か遊びにいく機会がありました。その娘さんに杉尾農園を紹介してもたったのですが、元々興味があった「田舎暮らし・農業」と「夫婦で何かしたい。」という想いのキーワードがカチっと歯車が合ったんですよね。そこから移住までの動きはものすごく早かったです。(笑)

杉尾農園には移住を考える人のキーワードになる「住まい・仕事」この両面のサポートをしていただいたことが大きかったと思います。そして現在は、農業で起業するためのノウハウを学び、起業準備をしながら、篠山での田舎暮らしを満喫しています。そんな生活の中で友人・知人も増えて、大阪などの都市部にアクセスの良いこの環境がすごく気に入っています。

 

・HONKI de FARM ー本気で農業ー

この12月から、HONKI de FARMという名前で事業をスタートします。「夫婦二人三脚で真剣に農業をしていきたい。」という夫婦の想いを名前に込めました。杉尾農園みたいに、大型専業農家では出来ない、私たち二人だからこそできる小回りのきく農業をしていきたいと考えています。美味しさ、安全さ、そしてオシャレさにこだわって野菜作りをしていきたいと考えています。私は前職でWEBデザインの仕事をしていましたので、それを活かして野菜のパッケージを考案したり、SNSを利用して広報を担当していきたいです。主人が野菜作りに専念できるよう、しっかり支えていきたいと思っています。


Linda Linda 代表 堀川直人

インタビュー者:なかい いくみ様

・”こんな素敵なお店で働いてみたい!”前職と同じ職業に復帰を決意

最初はお客としてリンダリンダを利用していました。当時、担当のスタイリストさんに「一緒に働かない?」と声を掛けられたのがお店に入ったきっかかけになります。実は、前職で美容室に勤めていた経験がありまして、美容師のお仕事が大変なのは知っていましたが、お客として美容室を利用するうちに「こんな素敵なお店で働いてみたい!」と思うようになりリンダリンダで勤めることにしました。

 

・ お客様に喜んでもらいたい” 新たな挑戦

今、実際に勤めてみて「楽しい!」の一言に尽きますね。職場環境も良くて、仕事も充実しています。
私は現在、美容師の資格が無ありませんので、主な仕事はスタイリストさんのヘルプに入ってお手伝いをしています。でも、働いているうちに「お客様にカットして喜んでもらいたい。」と思うようになりました。そして美容室の資格をとりたいなと思い、現在は美容室で働きながら美容師学校に通って資格取得のために頑張っています。

 

 

・家庭・仕事・勉強の両立

私には小さな子供がいます。好きな仕事と勉強を両立できているのも、家族の支えがあるからです。本当にすごく恵まれてるなって思ってます。美容師の仕事は土・日に休みがなかなか取れませんが、家族がしっかりサポートしてくれるおかげです。そしてお店のオーナーも「お店に子供を連れてきてもいいよ。」と言っていただいたり、職場環境にも随分と助けられています。「家庭・仕事・勉強」の3つを両立するのは大変ですけど、家族やお店のみんなに支えられて両立できています。

 

・技術を磨いてスタイリストに

美容師資格を取得することは大変ですね。スクーリングもありますし、筆記、実技と勉強三昧です。「子育て・仕事・勉強」の3本を両立するのは、なかなか大変です。(笑)でも、美容師の国家資格を早く取得して、お客様にカットをして喜んでいただきたいですね。そして何より少しでもお店のお役に立ちたいです。資格取得してスタイリストとして自立して技術を磨き、お店の役に立ちたいと考えています。本当にオーナーやお店のスタッフの皆さんのことが好きで、少しでも早く力になりたいです。

 

インタビュー者:堀川直人さま

・都会への憧れ、四国から単身大阪へ

恥ずかしい話なんですけど、ドラマの影響ですね。木村拓哉が主演の「ビューティフルライフ」を見てカッコいいなと思ったんです(笑)単純ですね。(笑)
僕は四国の香川県出身で、四国から出た事が無かったんですよ。学生の時野球一筋で。とにかく四国を出たい。都会に行きたい一心でした。そして大阪で美容師として働きはじめました。

・美容師から転職

楽しい事ばっかりじゃ無かったですね。正直、給料も安いし、勤務時間も長いし、業務が終わってからカットの練習をしたりと、当時は遊びたいばっかりでしたね。当時僕は18歳で専門学校は出ていなかったので、通信学校に行きながら仕事していたんですよ。だから友達もいなくて、お金も無くて、遊ぶ時間も無くて、ほんとに大変でしたね(笑)

実は美容師免許を取得してから、一度美容師をリタイア(退職)しているんですよ。その後、サラリーマンで営業の仕事に就いてました。で、その営業職も3年ほどして退職して、また美容師に戻りました。結局キツイ仕事ですけど美容師という仕事が好きなのでしょうね(笑)

・田舎の空気で子供を育てたい と篠山に転居を決意

当時は僕も妻も大阪に住んでいたのですが、僕は香川県出身。妻は篠山市出身。子供は次の年に小学校に入学というタイミングに「香川、篠山どちらかの田舎に引っ越したい。」と夫婦で話していたんです。

子供を田舎で、のびのび育てたかったんですよね。住む場所はどちらでもよかったのですが、住居にこだわりがあって、店と家が一緒なのが僕の中で理想だったんですよね。そのタイミングで、たまたま理想の物件が篠山にあったんですよ(笑)でも、その物件を購入するにしても当時は若かったですし、資金面で正直不安がありました。物件を買うにも銀行はお金を貸してくれないと思っていたのですが・・・。ところが「えっお金が借りれるんだ!?じゃあ購入しよう!」って事で直ぐに決断しました(笑)ほんとそんなノリです(笑)篠山に住みたいとかじゃなくって。そんな理由だったり、子供を田舎の空気で育てたいとか、妻の実家の近くで子育てしやすいかなってほんとにそのぐらいの考えでした。

・夫婦二人三脚でお店をスタート

実は僕は、篠山に引っ越してから2年ぐらいは大阪に通って美容師を続けていました。店をオープンして最初1年は妻が店を切り盛りして、僕は大阪に仕事に、そんな生活をしていました。香川県から大阪は遠いですが、篠山から大阪までは電車で1時間の距離なんで苦もなく大阪まで通勤してました。いよいよ篠山の店も忙しくなってきて僕も戻って仕事を二人でするようになりました。それが僕が30歳の時です。

・高齢化社会を視野に入れた新しいビジネス

僕の理想のお店は、現在篠山市は約42,000人で今後高齢者社会になるじゃないですか?そんな中で、篠山市の幅広い層のお客様に満足していただけるような店にしたいです。「地域に密着したお店」といえばいいでしょうか。例えば、高齢者の交通手段が無いお客様にも喜んでもらえるような、移動型の訪問美容とかそういった事も視野に入れて展開していけたらって思ってます。

・納得できるかっこいい働き方、生き方

僕には夢があるんですよね。オシャレな雑貨屋もしたいんです。店舗の隣の部屋の壁をバーンってぶち抜いてね(笑)アメリカに行って買い付けに行きたいんですよね。隣の部屋をアメリカのアンティークな雑貨で埋め尽くしたいです。今後は出張型でカットしたり、雑貨を買い付けにアメリカに行ったりとか、新しい外の動きをしていけたらなって夢があるんです。そんな自分の中のカッコいい理想の働き方・生き方をしたいなって思います。

 

インタビュー者:堀川恵里さま

・自分らしくゆったりと

大阪時代は大手の美容室で勤めていました。
当時のお店では毎日がとても忙しくバタバタと一日が過ぎて行く…そんな日々の中で私にはお客様を心から喜ばせてられる自信と、自分が心から美容師としての仕事を楽しめている自信がありませんでした。しかし、今では自分らしくお客様と向き合えるお店で、最高に楽しい日々を過ごさせて頂いてます。

・子育てと仕事がうまくライフスタイルと融合できる篠山市

夫婦で大阪で理想の美容室をオープンさせたいと言う夢をリアルに想像した時に、
私達は店、子供達はマンションで留守番する。という環境はどうか?と考えた時に「私達の理想のお店と暮らしって本当に都会ですることなのかな…」と疑問が出てきました。

そう考えている中、現在のお店であるこの物件と出会いました。
住居兼店舗で、しかも表からは店舗しか見えなくて。大通りに面しているのではなく、奥ばった場所にあります。口コミで知ってもらえる「隠れ家」の様な。そんな私たちの理想の物件と。

子供がお店に「ただいま」って帰ってくれば、お客様も「おかえり」と声をかけて下さる。お客様にリラックスしていただけて、ゆったり自分スタイルで、自身も心から楽しんで働ける。

そのこだわりを出せるお店であり、子供達が安心して帰ってこれるお店。田舎って素晴らしい。ほんとに篠山っていい街だと思います。子供達もすくすく元気にのびのび心も綺麗に育ってくれています。空気は綺麗で、星も綺麗です。

娘が「ママ見て!星がすごくキレイ!篠山に引っ越してきて良かったな!」って言ってくれた時はほんとに嬉しかったです。成長する子供達を見れば、ほんと田舎に引っ越してきて良かったなと思っています。

都会が好きな私にとっても、大阪、神戸、京都まで1時間ですぐに行けるこの距離が篠山の大きな魅力の一つです。

 

インタビュー者:なかい いくみ様

・”こんな素敵なお店で働いてみたい!”前職と同じ職業に復帰を決意

最初はお客としてリンダリンダを利用していました。当時、担当のスタイリストさんに「一緒に働かない?」と声を掛けられたのがお店に入ったきっかかけになります。実は、前職で美容室に勤めていた経験がありまして、美容師のお仕事が大変なのは知っていましたが
、お客として美容室を利用するうちに「こんな素敵なお店で働いてみたい!」と思うようになりリンダリンダで勤めることにしました。

 

 

・ お客様に喜んでもらいたい” 新たな挑戦

今、実際に勤めてみて「楽しい!」の一言に尽きますね。職場環境も良くて、仕事も充実しています。

私は現在、美容師の資格が無ありませんので、主な仕事はスタイリストさんのヘルプに入ってお手伝いをしています。でも、働いているうちに「お客様にカットして喜んでもらいたい。」と思うようになりました。そして美容室の資格をとりたいなと思い、現在は美容室で働きながら美容師学校に通って資格取得のために頑張っています。

 

 

 

・家庭・仕事・勉強の両立

私には小さな子供がいます。好きな仕事と勉強を両立できているのも、家族の支えがあるからです。本当にすごく恵まれてるなって思ってます。美容師の仕事は土・日に休みがなかなか取れませんが、家族がしっかりサポートしてくれるおかげです。そしてお店のオーナーも「お店に子供を連れてきてもいいよ。」と言っていただいたり、職場環境にも随分と助けられています。「家庭・仕事・勉強」の3つを両立するのは大変ですけど、家族やお店のみんなに支えられて両立できています。

 

 

・技術を磨いてスタイリストに

美容師資格を取得することは大変ですね。スクーリングもありますし、筆記、実技と勉強三昧です。「子育て・仕事・勉強」の3本を両立するのは、なかなか大変です。(笑)でも、美容師の国家資格を早く取得して、お客様にカットをして喜んでいただきたいですね。そして何より少しでもお店のお役に立ちたいです。資格取得してスタイリストとして自立して技術を磨き、お店の役に立ちたいと考えています。本当にオーナーやお店のスタッフの皆さんのことが好きで、少しでも早く力になりたいです。

 

インタビュー者:堀川直人さま

・都会への憧れ、四国から単身大阪へ

恥ずかしい話なんですけど、ドラマの影響ですね。木村拓哉が主演の「ビューティフルライフ」を見てカッコいいなと思ったんです(笑)単純ですね。(笑)
僕は四国の香川県出身で、四国から出た事が無かったんですよ。学生の時野球一筋で。とにかく四国を出たい。都会に行きたい一心でした。そして大阪で美容師として働きはじめました。

 

 

・美容師から転職

楽しい事ばっかりじゃ無かったですね。正直、給料も安いし、勤務時間も長いし、業務が終わってからカットの練習をしたりと、当時は遊びたいばっかりでしたね。当時僕は18歳で専門学校は出ていなかったので、通信学校に行きながら仕事していたんですよ。だから友達もいなくて、お金も無くて、遊ぶ時間も無くて、ほんとに大変でしたね(笑)

実は美容師免許を取得してから、一度美容師をリタイア(退職)しているんですよ。その後、サラリーマンで営業の仕事に就いてました。で、その営業職も3年ほどして退職して、また美容師に戻りました。結局キツイ仕事ですけど美容師という仕事が好きなのでしょうね(笑)

 

 

・田舎の空気で子供を育てたい と篠山に転居を決意

当時は僕も妻も大阪に住んでいたのですが、僕は香川県出身。妻は篠山市出身。子供は次の年に小学校に入学というタイミングに「香川、篠山どちらかの田舎に引っ越したい。」と夫婦で話していたんです。

子供を田舎で、のびのび育てたかったんですよね。住む場所はどちらでもよかったのですが、住居にこだわりがあって、店と家が一緒なのが僕の中で理想だったんですよね。そのタイミングで、たまたま理想の物件が篠山にあったんですよ(笑)でも、その物件を購入するにしても当時は若かったですし、資金面で正直不安がありました。物件を買うにも銀行はお金を貸してくれないと思っていたのですが・・・。ところが「えっお金が借りれるんだ!?じゃあ購入しよう!」って事で直ぐに決断しました(笑)ほんとそんなノリです(笑)篠山に住みたいとかじゃなくって。そんな理由だったり、子供を田舎の空気で育てたいとか、妻の実家の近くで子育てしやすいかなってほんとにそのぐらいの考えでした。

 

 

・夫婦二人三脚でお店をスタート

実は僕は、篠山に引っ越してから2年ぐらいは大阪に通って美容師を続けていました。店をオープンして最初1年は妻が店を切り盛りして、僕は大阪に仕事に、そんな生活をしていました。香川県から大阪は遠いですが、篠山から大阪までは電車で1時間の距離なんで苦もなく大阪まで通勤してました。いよいよ篠山の店も忙しくなってきて僕も戻って仕事を二人でするようになりました。それが僕が30歳の時です。

 

・高齢化社会を視野に入れた新しいビジネス

僕の理想のお店は、現在篠山市は約42,000人で今後高齢者社会になるじゃないですか?そんな中で、篠山市の幅広い層のお客様に満足していただけるような店にしたいです。「地域に密着したお店」といえばいいでしょうか。

例えば、高齢者の交通手段が無いお客様にも喜んでもらえるような、移動型の訪問美容とかそういった事も視野に入れて展開していけたらって思ってます。

 

 

・納得できるかっこいい働き方、生き方

僕には夢があるんですよね。オシャレな雑貨屋もしたいんです。店舗の隣の部屋の壁をバーンってぶち抜いてね(笑)アメリカに行って買い付けに行きたいんですよね。隣の部屋をアメリカのアンティークな雑貨で埋め尽くしたいです。今後は出張型でカットしたり、雑貨を買い付けにアメリカに行ったりとか、新しい外の動きをしていけたらなって夢があるんです。そんな自分の中のカッコいい理想の働き方・生き方をしたいなって思います。

 

インタビュー者:堀川恵里さま

・自分らしくゆったりと

大阪時代は大手の美容室で勤めていました。
当時のお店では毎日がとても忙しくバタバタと一日が過ぎて行く…そんな日々の中で私にはお客様を心から喜ばせてられる自信と、自分が心から美容師としての仕事を楽しめている自信がありませんでした。しかし、今では自分らしくお客様と向き合えるお店で、最高に楽しい日々を過ごさせて頂いてます。

 

 

 

・子育てと仕事がうまくライフスタイルと融合できる篠山市

夫婦で大阪で理想の美容室をオープンさせたいと言う夢をリアルに想像した時に、
私達は店、子供達はマンションで留守番する。という環境はどうか?と考えた時に

「私達の理想のお店と暮らしって本当に都会ですることなのかな…」と疑問が出てきました。

 

そう考えている中、現在のお店であるこの物件と出会いました。
住居兼店舗で、しかも表からは店舗しか見えなくて。大通りに面しているのではなく、奥ばった場所にあります。口コミで知ってもらえる「隠れ家」の様な。そんな私たちの理想の物件と。

子供がお店に「ただいま」って帰ってくれば、お客様も「おかえり」と声をかけて下さる。お客様にリラックスしていただけて、ゆったり自分スタイルで、自身も心から楽しんで働ける。

そのこだわりを出せるお店であり、子供達が安心して帰ってこれるお店。田舎って素晴らしい。ほんとに篠山っていい街だと思います。子供達もすくすく元気にのびのび心も綺麗に育ってくれています。空気は綺麗で、星も綺麗です。

娘が「ママ見て!星がすごくキレイ!篠山に引っ越してきて良かったな!」って言ってくれた時はほんとに嬉しかったです。成長する子供達を見れば、ほんと田舎に引っ越してきて良かったなと思っています。

都会が好きな私にとっても、大阪、神戸、京都まで1時間ですぐに行けるこの距離が篠山の大きな魅力の一つです。

 

インタビュー者:なかい いくみ様

・”こんな素敵なお店で働いてみたい!”前職と同じ職業に復帰を決意

最初はお客としてリンダリンダを利用していました。当時、担当のスタイリストさんに「一緒に働かない?」と声を掛けられたのがお店に入ったきっかかけになります。実は、前職で美容室に勤めていた経験がありまして、美容師のお仕事が大変なのは知っていましたが
、お客として美容室を利用するうちに「こんな素敵なお店で働いてみたい!」と思うようになりリンダリンダで勤めることにしました。

 

 

・ お客様に喜んでもらいたい” 新たな挑戦

今、実際に勤めてみて「楽しい!」の一言に尽きますね。職場環境も良くて、仕事も充実しています。

私は現在、美容師の資格が無ありませんので、主な仕事はスタイリストさんのヘルプに入ってお手伝いをしています。でも、働いているうちに「お客様にカットして喜んでもらいたい。」と思うようになりました。そして美容室の資格をとりたいなと思い、現在は美容室で働きながら美容師学校に通って資格取得のために頑張っています。

 

 

 

・家庭・仕事・勉強の両立

私には小さな子供がいます。好きな仕事と勉強を両立できているのも、家族の支えがあるからです。本当にすごく恵まれてるなって思ってます。美容師の仕事は土・日に休みがなかなか取れませんが、家族がしっかりサポートしてくれるおかげです。そしてお店のオーナーも「お店に子供を連れてきてもいいよ。」と言っていただいたり、職場環境にも随分と助けられています。「家庭・仕事・勉強」の3つを両立するのは大変ですけど、家族やお店のみんなに支えられて両立できています。

 

 

・技術を磨いてスタイリストに

美容師資格を取得することは大変ですね。スクーリングもありますし、筆記、実技と勉強三昧です。「子育て・仕事・勉強」の3本を両立するのは、なかなか大変です。(笑)でも、美容師の国家資格を早く取得して、お客様にカットをして喜んでいただきたいですね。そして何より少しでもお店のお役に立ちたいです。資格取得してスタイリストとして自立して技術を磨き、お店の役に立ちたいと考えています。本当にオーナーやお店のスタッフの皆さんのことが好きで、少しでも早く力になりたいです。

 

インタビュー者:堀川直人さま

・都会への憧れ、四国から単身大阪へ

恥ずかしい話なんですけど、ドラマの影響ですね。木村拓哉が主演の「ビューティフルライフ」を見てカッコいいなと思ったんです(笑)単純ですね。(笑)
僕は四国の香川県出身で、四国から出た事が無かったんですよ。学生の時野球一筋で。とにかく四国を出たい。都会に行きたい一心でした。そして大阪で美容師として働きはじめました。

 

 

・美容師から転職

楽しい事ばっかりじゃ無かったですね。正直、給料も安いし、勤務時間も長いし、業務が終わってからカットの練習をしたりと、当時は遊びたいばっかりでしたね。当時僕は18歳で専門学校は出ていなかったので、通信学校に行きながら仕事していたんですよ。だから友達もいなくて、お金も無くて、遊ぶ時間も無くて、ほんとに大変でしたね(笑)

実は美容師免許を取得してから、一度美容師をリタイア(退職)しているんですよ。その後、サラリーマンで営業の仕事に就いてました。で、その営業職も3年ほどして退職して、また美容師に戻りました。結局キツイ仕事ですけど美容師という仕事が好きなのでしょうね(笑)

 

 

・田舎の空気で子供を育てたい と篠山に転居を決意

当時は僕も妻も大阪に住んでいたのですが、僕は香川県出身。妻は篠山市出身。子供は次の年に小学校に入学というタイミングに「香川、篠山どちらかの田舎に引っ越したい。」と夫婦で話していたんです。

子供を田舎で、のびのび育てたかったんですよね。住む場所はどちらでもよかったのですが、住居にこだわりがあって、店と家が一緒なのが僕の中で理想だったんですよね。そのタイミングで、たまたま理想の物件が篠山にあったんですよ(笑)でも、その物件を購入するにしても当時は若かったですし、資金面で正直不安がありました。物件を買うにも銀行はお金を貸してくれないと思っていたのですが・・・。ところが「えっお金が借りれるんだ!?じゃあ購入しよう!」って事で直ぐに決断しました(笑)ほんとそんなノリです(笑)篠山に住みたいとかじゃなくって。そんな理由だったり、子供を田舎の空気で育てたいとか、妻の実家の近くで子育てしやすいかなってほんとにそのぐらいの考えでした。

 

 

・夫婦二人三脚でお店をスタート

実は僕は、篠山に引っ越してから2年ぐらいは大阪に通って美容師を続けていました。店をオープンして最初1年は妻が店を切り盛りして、僕は大阪に仕事に、そんな生活をしていました。香川県から大阪は遠いですが、篠山から大阪までは電車で1時間の距離なんで苦もなく大阪まで通勤してました。いよいよ篠山の店も忙しくなってきて僕も戻って仕事を二人でするようになりました。それが僕が30歳の時です。

 

・高齢化社会を視野に入れた新しいビジネス

僕の理想のお店は、現在篠山市は約42,000人で今後高齢者社会になるじゃないですか?そんな中で、篠山市の幅広い層のお客様に満足していただけるような店にしたいです。「地域に密着したお店」といえばいいでしょうか。

例えば、高齢者の交通手段が無いお客様にも喜んでもらえるような、移動型の訪問美容とかそういった事も視野に入れて展開していけたらって思ってます。

 

 

・納得できるかっこいい働き方、生き方

僕には夢があるんですよね。オシャレな雑貨屋もしたいんです。店舗の隣の部屋の壁をバーンってぶち抜いてね(笑)アメリカに行って買い付けに行きたいんですよね。隣の部屋をアメリカのアンティークな雑貨で埋め尽くしたいです。今後は出張型でカットしたり、雑貨を買い付けにアメリカに行ったりとか、新しい外の動きをしていけたらなって夢があるんです。そんな自分の中のカッコいい理想の働き方・生き方をしたいなって思います。

 

インタビュー者:堀川恵里さま

・自分らしくゆったりと

大阪時代は大手の美容室で勤めていました。
当時のお店では毎日がとても忙しくバタバタと一日が過ぎて行く…そんな日々の中で私にはお客様を心から喜ばせてられる自信と、自分が心から美容師としての仕事を楽しめている自信がありませんでした。しかし、今では自分らしくお客様と向き合えるお店で、最高に楽しい日々を過ごさせて頂いてます。

 

 

 

・子育てと仕事がうまくライフスタイルと融合できる篠山市

夫婦で大阪で理想の美容室をオープンさせたいと言う夢をリアルに想像した時に、
私達は店、子供達はマンションで留守番する。という環境はどうか?と考えた時に

「私達の理想のお店と暮らしって本当に都会ですることなのかな…」と疑問が出てきました。

 

そう考えている中、現在のお店であるこの物件と出会いました。
住居兼店舗で、しかも表からは店舗しか見えなくて。大通りに面しているのではなく、奥ばった場所にあります。口コミで知ってもらえる「隠れ家」の様な。そんな私たちの理想の物件と。

子供がお店に「ただいま」って帰ってくれば、お客様も「おかえり」と声をかけて下さる。お客様にリラックスしていただけて、ゆったり自分スタイルで、自身も心から楽しんで働ける。

そのこだわりを出せるお店であり、子供達が安心して帰ってこれるお店。田舎って素晴らしい。ほんとに篠山っていい街だと思います。子供達もすくすく元気にのびのび心も綺麗に育ってくれています。空気は綺麗で、星も綺麗です。

娘が「ママ見て!星がすごくキレイ!篠山に引っ越してきて良かったな!」って言ってくれた時はほんとに嬉しかったです。成長する子供達を見れば、ほんと田舎に引っ越してきて良かったなと思っています。

都会が好きな私にとっても、大阪、神戸、京都まで1時間ですぐに行けるこの距離が篠山の大きな魅力の一つです。

 


フリーランス 田代 沙織

・靴職人・デザイナー・ライター・子育てママ

現在は主に4つのお仕事をしています。主人がハンドメイドの靴を作りお店を営んでおります。私は、主人の事業のサポート、株式会 いなかの窓でデザインを勉強させてもらいながら仕事をしています。そして、株式会社 ご近所でブログを書くライターとしてのお仕事です。あと、子育てと、きちんと主婦業も頑張っていますよ(笑)

 

・Handmade Shoes Nelio

https://nelioshoes.jimdo.com/

・Access :  兵庫県篠山市西本荘2-1(旧雲部小学校内 2F) 

 

主人は、職人気質なので仕事へのこだわりが強いんです。靴を作るのにも、一つ一つ丁寧に大切に作るので、一足作るにも時間がかかります。それに、集中すると他の所に手が回らなくなってしまって。それなら私が接客と商品の宣伝広告を担当して、主人を支えたいと思いました。そういった経緯の中で、今私に必要なスキルとして、デザイナーやライターとして学びたいと思い、(株)田舎の窓様、(株)ご近所様で勤めながら勉強させていただいています。

・海外暮らし、都会暮らしを経て、田舎を選ぶその「理由」

私は、大阪で生まれて父親が海外の大学に入れたいという想いから、ニュージーランドに渡って10年間生活していました。でも、私は日本が好きだったので、大学卒業後日本に帰国し結婚しました。仕事は商社OLをして、そこから手に職をと思い、調理師免許を取り、飲食店で働いていました。しかし、飲食のお仕事は時間が不規則で。自分たちの家庭が疎かになってしまうのが嫌になり、丁度そんな時に妊娠していることがわかりました。妊娠したタイミングで、どこで育てたいのか?という事を考えました。ニュージーランドも田舎で、ゆったりとした環境だったので、交通量の多い都会よりは、子供が木の枝を持って自然の中で遊んでいることをぼんやりイメージしていて、やっぱり田舎がいいなと思いました。

主人は元々、証券会社で働いた後に退職。靴の勉強をして色々な所で修行後に独立。現在は、篠山市雲部の、閉校になった小学校を再利用した教室を一つ借りて店舗を構えています。私の妊娠がわかった時主人は、神戸で自宅兼工房として働き、生活していました。しかし、このまま都会で生活していても、都会に埋もれてしまうんじゃないかと思うことがありました。色んな人に相談をし、篠山を知り、「篠山っていい感じやなー」って最初は軽いノリで来ました。親類がいるなど、そういったゆかりは全くないです。

 現在、お腹にいた子は2歳半になり、こっちに引っ越してきて丸3年経ちました。篠山で主人の仕事、そして子育ても、田舎での生活にも馴染み、本当に今では移住して良かったと思います。

 

・「自分を満たすこと」の大切さ

仕事や子育てなど色々な事をしていると、どれを優先に考えるのか?と、すごく悩んでいた時期がありました。まず最初に子供のことを考えて、次に旦那さん、最後に私自身のこと。普通は、息子と旦那さんを優先してしまいますよね。でも、自分が元気で満足していないと子供にも良く接してあげられないんじゃないかと思ったのです。

まず、「自分を満たす事で、人に優しくできる。」それに気づかせてくれたのが主人なんですよ。子育てが大変で私が辛い時に。主人に「まず、自分やで。」って。あの一言で、すごく救われたのを今でも覚えています。自分を犠牲にして子供の相手しててもダメだよと、色んな事を考えさせてくれるきっかけをくれました。子供にも、「お母さん自由にしてんな。自由でいいねんな。」って思ってもらえらた嬉しいです。

 

 

・私がやりたいこと「家庭を支えること」

私は、デザイナーになりたい!とかライターになりたい!とは思っていませんでした。デザインは高校の授業で少し勉強していました、ですが実際に主人の仕事を手伝うにあたり、もうちょっとデザインの勉強したいなと思いました。どんなに良いものでも、伝え方が下手だったら伝わりません。伝え方が良いと売れている物は沢山ありますよね。主人がせっかく良いものを作ってるから、キチンとした伝え方を勉強したいと思いました。「家庭・主人を支える」といった根っこがあって現在の働き方があると今は思います。

もともと保守的で、自分から動けなかったんですよ。どうせ自分なんてという気持ちがあり、自信もありませんでした。でも現在の環境、仕事での関わり方は、私でいいんやと思えるようになりましたし、皆さまが本当に良くしてくださいます。「自由でいいんだ」て思えるようになりました。だから今後は旦那さんに対しても、こういう風にしたらどう?などビジネスパートナーとして提案出来たらいいなと思いますね。

 

 

 

 ・過去のキャリアに学ぶ、現在のワークスタイルとは

OL時代と比べて子育てと家業、自身の仕事と忙しく大変ですが、今の方が断然楽しいですね!それは自分がやりたい事、楽しい事をキチンと明確にしているからだと思います。自分で考え、自分で選択、そして行動まで出来ていることが大切だと思いました。本当の意味で、自分自身の経験が実になっているという実感があります。例えば、上司から言われたことをただしているわけではなく。こうしたらどうだろ、こっちがいいかな?と自分の頭で考えるという大切さを感じました。

デザインも、ざっくりとしたイメージを形にするのがすごく楽しいです。デザインの会社の先輩はやっぱりすごいです、ちょっとしたアドバイスで仕上がりが全然違って本当に勉強になります。まだ始めて1カ月なんですけれども、旦那さんの靴屋のチラシを作ってみようと思ってやってみたら、結構いいものができて。短い間でも、これだけのものが作れているんだ!と自分の成長を実感できて、今のワークスタイルがとても楽しいです。

 

・フリーランス✕地方

現在のワークスタイルを都会で確立することは正直難しいと思います。都会だと沢山人もいて、お客様も沢山いて、需要が多くあるとは思いますが、その分競争も激しく、忙しく、雑多な中で仕事や生活をしなければなりません。その中で、主人の商売や家族を今のように支える事が出来るのか?と言えば無理でしょうね。囲い込みが難しく仕事に埋もれてしまいそう。それに、田舎のお仕事ならではの、パイが狭い分繋がりが深いので、仕事をいただけたりすることもありますよね。

もちろん都会も好きなんですよ(笑)でも時々でいいんです。服を買いに行ったり、美味しいものを食べ歩いたり。それは、時々だから有難味があるというか。今は、田舎での日常をゆっくり、自分のペースで生活できる。これが本当に幸せです。人のペースに巻き込まれて、しんどくなってしまうタイプなので、自分と向き合える時間もできますし、まず時間の流れが全然違いますね。都会では、何もしてないのにすごく忙しく感じていました。もちろんこちらの新しい生活に慣れるまで大変なこともありました。でも、それ以上に得るものがたくさんありました。 何か生活が変わる時のタイミングで自分を見つめなおして田舎暮らしを考えてもいいかもしれませんね。


王地山陶器所 陶芸家 竹内保史

・新天地で職人としての第一歩

私は、元々は大阪出身で篠山市に移住して25年になります。知人から紹介で篠山市にある王地山焼が再興して人手を探しているから興味があるなら行ってみないか、と言われたのが切っ掛けで関心を持ちました。私自身、都会の生まれですが田舎のゆったりとした空気感が好きだったので、都会の喧騒から離れ篠山市の王地山陶器所で陶芸家としての一歩を踏み出しました。

・篠山城主が愛した器の歴史

もともと王地山焼の起源は、江戸時代末期の1818年頃にさかのぼり、当時の篠山藩主・青山忠裕が王地山(篠山市河原町)の地に、京都の陶工・欽古堂亀祐を招いて始めた藩窯がその発祥といわれています。当時は煎茶趣味の背景のなかで、中国風の青磁、染付、赤絵を主とした磁器窯でした。
築窯時期から、王地山陶器所として名声を博しましたが、藩の廃止とともに明治2年に廃窯となって以来、その伝統が途絶えていました。
現在の王地山陶器所は、篠山市が昭和63年に再興したもので、今年で約30年になります。
現在は「一般社団法人ウイズささやま」により運営され、独特の緑色の青磁、染付、赤絵などの作品を当時の技法を使って製作しています。併設された展示室での展示・販売のほか、百貨店やギャラリーでの作品展も行っています。その他にも陶芸家による技術指導として、陶芸体験、絵付体験などをおこなっています。

・陶芸家という仕事

私は、高校が美術系の高校でしたから焼き物の基本な技術は、学生時代にある程度身につけていましたので、王地山陶器所に来てすぐ焼き物を作っていました。もちろん学校と現場の空気の違いに戸惑うことや王地山焼という大きな歴史と伝統をいかにして守っていくかと試行錯誤の日々の中、気がつけばあっという間に25年が経ち、多くを学ばせていただきながら現在では王地山陶器所を任されるようになりました。人やスタッフの流れも様々ありましたが現在では、私ともう一人、弟子である「児玉玲央奈」の2名で王地山製陶所の切り盛りをしています。25年の長い間続けてこられたのは、陶芸家としての仕事に魅せられた事とシンプルな篠山市での暮らしが居心地良かったのだと思います。

・王地山陶器所「王地山焼」とは

例えば篠山市にあるもう一つの産地である丹波焼と王地山焼とを比較すると陶器と磁器という違いがあります。
・陶器は「土もの」などと呼ばれ陶土と呼ばれる粘土が原材料です。
・磁器は「石もの」などと呼ばれ原材料は石英や長石などの陶石です。
と言うような特徴的な違いがあります。単純に丹波焼は彫りや細工の段階でそのものがある程度湿っていないと仕事ができません。それにくらべ磁器である王地山焼は乾燥してから取っ手を付けたり、細工ができます。また磁器土は粒子が細かいため、繊細な模様の彫刻ができます。ですがこの細かい彫刻は、大きな壺などになると彫るだけで数日掛かることもあります。その他には磁器土を850℃で焼いた土型と呼ばれるものでおこなう成形法があり、江戸時代に王地山焼を指導していた欽古堂亀祐や、柳亀堂亀七などの陶工の作品を復元した物を中心に、今の時代に合わせ形や大きさを変えた物など、合計で60〜70くらい型があり様々な模様、種類の器を生み出しています。

※王地山焼と型

・「伝統と革新」職人としての2つの顔

私が篠山に来た時点では、王地山焼は再興や伝統の継承と言う考え方が強く自身もそのあたりを考え作陶に励んできました。ですがある程度年数を重ねると、自分の焼き物を作りたいという気持ちが出てきまして、竹内という一人の作家として挑戦していきたいと考えるようになりました。そんな中13年ほど前のある日突然に「竹内保史の作品となる」ある新たな図柄を思いついたんです。もう「ストン」と頭にイメージが落ちてきました。そしたらそれを世に出したいなと思いました。ですから今では、“伝統工芸を継承させるという事“と”新たな分野へと挑戦”していくことで、陶芸家 竹内としての作品で2つの顔を持つようになりました。どちらも大切に育てていく事が今のモチベーションに繋がっています。

※「竹内保史の作品」

※王地山陶器所内に飾ってある作品の数々

・王地山焼の未来

王地山焼が再興して約30年経過していますが、まだまだ知名度が少ないのではないかと感じる時もあります。今後の目標としてはその部分を底上げしていきたいと考えています。その中で、弟子と二人で王地山焼を軸として新たなジャンルにも果敢に挑戦したり、個展などをこなしいきながら一人でも多くの方に手に取ってもらえるように技術を磨いていきたいと思います。そんな伝統と革新の生まれる場所である「王地山陶器所」にぜひ気軽に遊びにきてください。


篠山イノベーターズスクール〜2018年度生募集のお知らせ〜

地域の資源を活かした新しいしごと、農村の未来を創る「地域イノベーター」を育てるスクール「篠山イノベーターズスクール」(2016年10月開校)が、2018年5月に開講する4期生を2月から募集します。セオリー(知識)とノウハウ(技術)とネットワーク(仲間)を、地域全体の“ビジネスエコシステム”をとおして提供する1年間のプログラムです。現在55名の在籍生(修了生含む)のうち、7名が既に起業。33名が起業を目指し、地域で試行・実践中です。ともに農村イノベーションを目指す、新たな仲間を求めます。

 

・プログラムなどのご相談はもちろん、ひとりひとりのお仕事や経験状況に応じ、アドバイスします。希望者は見学もOK。まずは、お気軽にご参加ください!

 

詳細はホームページをご覧ください>>http://school.sasayamalab.jp

以下の通り、説明会を開催します。

 

2018/2/19(月)19:40~21:10

体験入学神戸大学・篠山市農村イノベーションラボ

2017年度セミナー科目『地域の成り立ちと構造~空間と歴史を学ぶ~』(全6回)の1回分を体験受講できます。(要 2,000円/回。2018年度スクールにはその残額(78,000円)を支払うことで入学できます)
第4回テーマ:「丹波・篠山の地勢と集落立地」
講師:横山宣致(公財)兵庫丹波の森協会 丹波の森研究所 専門研究員

(定員)5名
(住所)篠山市大沢165-3
(関連リンク)http://sasayamalab.jp/

 お申し込み 

2018/2/26(月)19:40~21:10

体験入学神戸大学・篠山市農村イノベーションラボ

2017年度セミナー科目『地域の成り立ちと構造~空間と歴史を学ぶ~』(全6回)の1回分を体験受講できます。(要 2,000円/回。2018年度スクールにはその残額(78,000円)を支払うことで入学できます)
第5回テーマ:「街道村と商家、城下町の空間構成」

講師:横山宣致(公財)兵庫丹波の森協会 丹波の森研究所 専門研究員

(定員)5名
(住所)篠山市大沢165-3
(関連リンク)http://sasayamalab.jp/

 お申し込み 

2018/3/2(金)19:30~20:30

説明会クリエイティブネットワークセンター大阪 メビック扇町

交流スペース2にお越しください。スクールの説明(45分)とQ&A(15分)を予定しております。説明会後,個別相談も承っております。

(定員)10名
(住所)大阪市北区扇町2-1-7 カンテレ扇町スクエア3F
(関連リンク)http://www.mebic.com/

 お申し込み 

2018/3/5(月)19:40~21:10

体験入学神戸大学・篠山市農村イノベーションラボ

2017年度セミナー科目『地域の成り立ちと構造~空間と歴史を学ぶ~』(全6回)の1回分を体験受講できます。(要 2,000円/回。2018年度スクールにはその残額(78,000円)を支払うことで入学できます)
第6回テーマ:「篠山の景観計画と土地利用基本計画」
講師:横山宣致(公財)丹波の森協会 丹波の森研究所 専門研究員

(定員)5名
(住所)篠山市大沢165-3
(関連リンク)http://sasayamalab.jp/

 お申し込み 

2018/3/10(土)11:00~12:00

宝塚商工会議所

ソリオ2は阪急宝塚駅の隣のビルになります。阪急宝塚駅の改札を出て、右手にお進みいただき、ビルの連結部で階段を数段上っていただくと、ソリオ2の2階エレベーターホールと直結しております。6階,宝塚商工会議所までお越しください。スクールの説明(45分)とQ&A(15分)を予定しております。説明会後,個別相談も承ります。

(定員)10名
(住所)宝塚市栄町2丁目1番2号ソリオ2 / 6階
(関連リンク)http://www.takarazuka-cci.or.jp/

 お申し込み 

2018/3/17(土)15:30~16:30

説明会三田市まちづくり協働センター

キッピーモールはJR三田駅直結の商業ビルです。6階,三田市まちづくり協働センターまでお越しください。スクールの説明(45分)とQ&A(15分)を予定しております。説明会後,個別相談も承ります。

(定員)10名
(住所)三田市駅前町2番1号三田駅前一番館(キッピーモール)6階
(関連リンク)http://www.skpm.jp/

 お申し込み 

2018/3/24(土)11:00~12:00

説明会宝塚商工会議所

ソリオ2は阪急宝塚駅の隣のビルになります。阪急宝塚駅の改札を出て、右手にお進みいただき、ビルの連結部で階段を数段上っていただくと、ソリオ2の2階エレベーターホールと直結しております。6階,宝塚商工会議所までお越しください。スクールの説明(45分)とQ&A(15分)を予定しております。説明会後,個別相談も承ります。

(定員)10名
(住所)宝塚市栄町2丁目1番2号ソリオ2 / 6階
(関連リンク)http://www.takarazuka-cci.or.jp/

 お申し込み 


自転車工房ハイランダー 代表 村上 大輔

・自転車競技とメカニックとしての経験を生かして起業

元々の出身は篠山で、高校生の時から自転車は趣味でやっていました。それを切っ掛けに高校卒業後は、大阪の自転車ショップでお店のスタッフ兼、ロードバイクの選手として5年くらい修行させてもい様々な事を学ばせていただきました。その後、篠山に戻ってから半年ほどは自転車とは関係のない業種で勤めていました。ですがやはり自転車が好きだったんでしょうね(笑)元々の業種である自転車整備の分野で起業しました。今から4年前の2014年で27歳の時です。

 

 

・大阪=競争「自転車好き篠山マーケティング戦略」

起業前、大阪の自転車ショップ時代に自身のやりたい事や様々な事を深く考えすぎてしまい自転車業界からも離れる事も考えていました。ですがどうせなら好きな事!やりたいことをやってからでも遅くはないのでは?と思いまして起業しました。そしてどこを拠点にしようかと考えた時、都会の方は僕がちょうどお店を辞めるころを境にロードバイクブームみたいになっていまして、ドンドンお店が新しく出来ていたので都会では競合が多いということもあり、まだまだ競争が少ない篠山市で始めようと考えました。そしてどうせ起業するなら、地元の篠山市を大好きな自転車で盛り上げたいなという想いがムクムクと湧き上がってきました。

 

小回りがきいた様々なニーズに応えられる自転車のプロフェッショナル

業務としてはメンテナンスを中心に様々なお仕事を請け負っています。一般のお客様のメンテナンスの他に、2017年のシクロクロスというジャンルの自転車競技の世界選手権で、日本ナショナルチームの自転車メンテナンスをするためにメカニックとして、2週間オランダとルクセンブルクへ行ったりもしました。メンテナンスといっても多岐にわたり最近では新しい部品の取り付けなどですね、ロードバイクは元々、輸入商品が多いので海外通販などが盛んです。通販で買った商品をうちのお店に持参され、取り付けてほしいという相談が多いですね。
例えば、自転車はイタリア製の部品でも日本製の部品でも規格が合えば取り付けることができます。ここの部品は○○のメーカーが良くて、ここの部品は○○が良いみたいに、お客様それぞれ違う注文が入ります。そのような細かいカスタマイズができるのが自転車の魅力の1つかもしれませんね、ですので国内外のメーカー問わずいただけるお仕事は丁寧にさせていただいています。

 

 

篠山=ロードの拠点としての活用

今でも大阪時代のお客様にお仕事を頂き大阪へ行くことがありますが、やはり大阪は人が多い!人の多さに疲れる時がありますね(笑)田舎の方が私の性格に合っていると思いました。家を出て5分~10分で峠がありますし、いつでもトレーニングができますから走る場所には困りませんしね。
でも、篠山は市外のサイクリストからすると通過地点みたいになっているみたいなところがあるので、もう少し篠山でゆっくりできるターミナルみたいなお店があればいいのかなと思っています。
例えば、僕の漠然とした夢でもありますが、自転車乗りの人にふらっとお越し頂いて休憩できるようなカフェがあって、その横に自転車屋さんがくっついてるようなお店を作りたいと思っています。どうしてもロードバイク専門店という店構えは初心者の方には敷居が高く、他にも大阪から自転車で走ってきた時にお店に立ち寄ってもらえる事は、故障した時以外あまりないんです。自転車屋だけだと入店しにくいイメージがあるので、もっと気軽に自転車が好きな人に遊びに来ていただけるお店に今後していきたいなと思っています。

 

自転車好きなら冷やかし大歓迎

自転車業界自体に「うちで購入した自転車じゃないと整備しません!」みたいな古い風潮がある部分が少なからずありますが、もちろん当店はそのような対応をしませんよ(笑)自転車好きの方や、こちらの記事を見てご興味を持たれた方は是非一度遊びにお越しください。是非一緒に当店自慢のコーヒーでも飲みながら自転車についてお話しましょう!


篠山市役所 秘書課 小林 七子

・地方創生「篠山市の未来」

私は、去年の4月までは篠山市役所の企画課で仕事をしていました。ちょうど国が地方創生を各自治体とおこなっていく時期で、地方の人口が減っていく中、”継続可能なまちづくり”を念頭に置いた政策や地域の魅力を伝えるための業務の担当していました。その中で篠山市は、「丹波篠山デカンショ節〜民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶」で日本遺産第1号の認定をいただて、さらに魅力あるまちづくりを目指して取り組んできました。そして現在では「きっと恋する六古窯〜日本生まれ日本育ちのやきもの産地〜」として2つの日本遺産の認定を受けています。

そしてその当時に特にやりがいを感じた事は、篠山市や神戸大学の先生方や地域活動をしている方たちと連携して、篠山口駅の東口に起業をめざす人が学ぶための拠点となる「神戸大学・篠山市農村イノベーションラボラ」の創設に関わらせていただいた事です。今では、イノベーションラボが、若い人達が夢を語りそれを形にする場になり、活気にあふれていてとても嬉しく思います。

現在は、秘書課に勤務しています。主な業務は、市長と副市長のスケジュール管理、日程調整、外部からの訪問客や会議の調整などをやっております。市長、副市長とご一緒させていただく時間が増える中で、今後の篠山の未来像を一緒に考えたり意見交換させてもらうこともあります。篠山の将来を考え、こういう篠山になればいいな、というビジョンを自分も思い描いたり、思い描いている人たちと接点を持たせていただくことで、私自身もそのような篠山の未来について考えるようになり、また篠山について広い視野で俯瞰的に見えるようになってきました。

 

・キーワードは「心」

私は篠山で生まれ育って、篠山で働き初めるまで篠山の本当の良さが分かってなかった部分がありました。それは今の若い子達を見ていても分かるのですが、都会に憧れたり、そこに無いものを求めたりと自身の生まれ育った場所を客観的に見つめるような機会がなかったのかもしれません。自分も都会に住んでいて戻ってきた事でようやく「篠山の良さ」がわかるようになってきました。
市外から来られた方に篠山のどこが良かったですか?と聞くと「篠山の人が優しかった」という一言が返ってきて、それも最近では何度も聞くようになりました。
それで私は、篠山の未来を見た時に一つのキーワードなのではないかと思いました。
近年では歴史文化や、美しい街並みが注目されている篠山ですが、ではその文化や産業はどのようにして残ってきたのかと考える中で、例えば丹波焼で言えば心を込めて作られた器、農業で言えば心をこめて作ったお米、と言うように心を込めた物が古くから伝わってきて、そこに心があったからこそ、篠山の良さが伝わってきてるのかもしれないと思った時に、「心」というキーワードが全ての文化を繋いで来たと実感しました。

 

 

 ・市役所で働きたい!働くための採用資格とは

以前は職員課にも所属していまして、職員採用や、人材育成をしていたんです。少し前までは地元の子が市役所に入って来るというような傾向でしたが、私が職員課に入った時から、どんどん市外からの採用が増えました。篠山に移住者も多く入ってくるという時代の変化の中で、公務員の業務は「目的を持たずに淡々と業務をこなす」ではダメです、公務員で一番大切なのはやはり「人と人の繋がりを大切にする人材」そういった「人の心」を持つ人が、篠山の地域に根差したり、地域の人と関わったり、市民が何を求めておられるのかを考えて応えるということを、本気でできる人が今後の篠山市役所は必要だと考えています。ですが市役所で働きたいという希望者のほとんどが「安定した仕事」だからと答えます。そうではありません。公平性が求められる大変な仕事です。だからこそ「篠山の人が好きだ!このまちが好きだ!」という気持ちが仕事をする上で大切だと考えています。

市役所の職員は、一住民でもあるので地域の仕事を頼まれて行っていることもあります。ですので篠山市はそれを割り当てて、ある程度地域に入っていくようにしているんですけれども、若いうちはそれが重荷だったり、負担だったりするかもしれません。ただ、地域に入ってみると地域の方が本当に可愛がってくださるんですよね。市の職員ということで大事にしてくれて意見も聞いてくれますし、いい関係が築いていけるので若いうちからそうような経験をして地域の人と町の事を考える、それが今後の経験として必ず生きてくると思います。

 ・地域の人の想いに学ぶ

私は、大阪で四年間の大学在籍中は教員志望で中学の国語の先生か、書道の先生になりたかったんですけれども、在学中に受けた教員試験には落ちてしまい、役場の試験に受かったので、、、私も安易な考えで入ったんです(笑)そんな考えで最初は公務員という仕事を初めましたて、最初に配属されたのが公民館だったのですが、子供たちと野外活動を通じてふれあい、もう少し幅広い世代の方々に向けた生涯学習、歴史講座などの地域活動もさせていただくようになりました。

公民館のお仕事で一番記憶に残っているのが、「通学合宿」という取組です。少子化の進む時代の中で、公民館を拠点に子供たちの兄弟づくりをしようということで、小、中、高校生に公民館に寝泊まりしてもらって、ご飯は自分たちで作って平日に開催するので通常通りに学校に通学します。ただ、帰ってきて公民館にお風呂がないので「もらい風呂」といって、地域の家にお風呂を借りに行くんです。ご自宅にあがらせてもらい、こたつでくつろがしてもらい、お風呂に入る。そして帰って大広間で寝る。地域の方も協力してくださり子供達の笑顔も見え、大きな家族のようなものが出来た時に人と人とを繋げるって楽しいなと思いながら、篠山って地域のみんなが家族みたいな繋がりが強く温かいなと思いました。

私は幸い一生懸命に地域で活動されている人や、積極的に地域に出ている人たちに育ててもらったんですよね。その当時は文化協会とか、婦人会とかそういう活動を支える事務局もしたんですけど、そういう人たちは地域で核になっておられて町を活性させよう、と自分たちの持っている力を損得関係なく活かしておられ、そうした中でも「人と人との温かい繋がりを大切にする」という事を学ばせて頂きました。

 

・おいでませ!篠山市!

篠山市役所には人材育成基本方針はあります、それと合わせ、学びたい人が学べる風土や、自由な発想を活かしたり、アイデアを出し合える環境が篠山にはあります。
私が職員課にいた時に特にそのような環境を作りたいと思って仕組み作りをしたことがありました。業務改善運動を人材育成の目的としてボトムアップで意見を出し合い、“自分たちの職場なんだから、自分たちで良くしよう!”という働きかけをしました。みんなで褒め合う。褒め合って良いところを認め合うことって必要だと思いますし、それで成長できると思うんですよね。否定するより、認め合うということを職場の運動として取り上げていき今後も庁内に根付かせていきたいなと思います。

私たちの職場だけではなく、篠山の人たちは優しい温かい人が多いので、温かい人と仕事をしたいと考えている人にとって篠山はきっと素晴らしい場所だと思います。私自身も人との繋がりで生きがいをもったり、そういった仕事をもったりすることが理想だと思っています。是非、人との繋がりを大切にしたいと思っている方は篠山に、篠山市役所にお越しください。


2018年2月14日号 篠山市の求人情報のご案内

兵庫県篠山市の求人情報をご案内です.

求人一覧pdf

詳しく求人内容を知りたい方、面接希望の方は、ハローワーク篠山の窓口へお越しください。

・2月6日~2月12日までにハローワークが受理した求人情報です。
・求人内容の詳細をお知りになりたい方は、ハローワーク篠山(電話 079-552-0092)へご連絡をお願いします。また、面接にはハローワークが発行する紹介状が必要です。
・表中の「求人番号」をハローワーク係員にお伝えください。
・パートタイム求人の場合、賃金は時間給表示しております。
・情報作成後において、採用等により求人の取消しがされている場合がありますので、その際はご了承ください。
・企業名等を記載しています。

・ハローワーク篠山出張所の詳細

住所:〒669-2341 兵庫県篠山市郡家403−11
電話:079-552-0092
開館時間:
土曜日 定休日
日曜日 定休日
月曜日 8時30分~17時15分
火曜日 8時30分~17時15分
水曜日 8時30分~17時15分
木曜日 8時30分~17時15分
金曜日 8時30分~17時15分

茶遊菓楽 諏訪園 代表 酒井 一行

・三代続く丹波篠山茶の老舗「諏訪園」

私どもの会社は「諏訪園」という名前が示す通り、もともと篠山市味間で茶園を持ち、茶葉の栽培、卸業をしていました。現在も約3ヘクタールくらいの茶畑で栽培して製造しています。お茶の葉の製造と卸業をメインに初代がずっとやっていたのですが、二代目の父の代からなかなか卸売業だけでは利益がでないということで、小売業として展開をすることを決めまして、昭和60年に篠山市味間に本店を構えました。そして、茶葉を売るお店としての第一号店の営業を開始して、生産から販売までの今でいう「六次化」の形態を形成していき、お客様の顔の見える形で「作って売る」というところまでになりました。
その後、平成4年に篠山市の城下町に第二号店を建てました。そして篠山城下町店のオープンをきっかけに、お茶のある生活をより豊かにしたいと考え、お茶とは切っても切れない和菓子作りが本格的に始まりまして、お茶もお菓子も丁寧に一から製造するという2つの分野で事業を拡大していきました。そして、お菓子の方も順調に伸びてきましたので、本店にあった工場が老朽化もあり狭く、新しい機械が入らなかったので、平成15年に篠山インター店を建て、今の形に落ち着きました。その後、親子3代で想いを繋ぎ少しづつ販路を拡大していきました。

・歴史あるお茶の産地である篠山と今後のビジョン

私どもの地域で栽培しています丹波茶は、あまりメジャーではありません。ですが、全国的に見てもその歴史は古く、約800年前に栄西が植えたとされる文献も残るくらい非常に歴史のある茶どころなんですね。それはお茶の栽培に適した場所ということです。篠山といえば黒豆や栗が有名ですが、篠山の寒暖の差が激しい高地での栽培というのは、特産物が多い篠山を見ても恵まれた土地にあるからです。その中で、お茶をこれからどこまで販売していけるのかな、というところが一つの課題にはなっているんですけれども、以前から「お茶を通じて交流の場を広げたい」という想いがありまして、それにお菓子が欠かせないという考えがあり、特産物が多い篠山で、お客様に納得していただける新たな特産品をしっかりと作り、販売するお店でありたいし、また、あり続けたいと考えています。

・老舗の柔軟な発想と新たな挑戦

昨年、平成28年から洋菓子の製造販売もスタートしました。その理由は2つあります。その理由の1つ目は洋でも和でもなく、一つのお菓子として私は考えているからです。2つ目は、新たな職場環境の構築です。今までだと、やはり洋菓子を目指す人材は洋菓子店、和菓子を目指す人材は和菓子店に行くのでどちらか片方しか学ぶことができませんが、その垣根を取り払おうと考えております。それは、和菓子の中にも洋菓子のエッセンスを取り入れたり、洋菓子の中に和菓子の要素を入れることにより、両方の仕事を経験できる、新たな表現の感覚を学んだりできる環境があればリクルートの幅も広がりますし、今後育っていくスタッフが多能工として自立していけるようにと考えています。スタッフの成長があり、ここで学んだ経験を活かし、新しい分野にチャレンジしていってもらいたいと思います。

・当たり前を学ぶ!地方企業を支える人材育成の考え方

美味しいものを作るだけでは商売はできません。販売というひとつのシュチュエーションも私は重視していますし、その中で特に接客の部分を大切にしています。いかに美味しいものを作ろうとも、お客様への対応が疎かだと台無しになりますからね。篠山は田舎ですけれども、都会のレベルに合わせた接客技術を身につけてもらうため、都市部から講師を招聘し研修を行ったり、スタッフの評価をしていくということは常々やっております。もちろん社内での研修もですが、日ごろから挨拶、感謝、人に対する配慮など当たり前の事ですが、きっちり教えています。私のお店には10代のアルバイトスタッフから40代の従業員までの幅広い人材がいまして、若い子にしっかり教えていく流れを作っていきたいという想いもあります。ですが、このような発想にすぐにたどり着いた訳ではありません。
今まではそこまで人材育成に力を入れていませんでしたが、スタッフの入れ替わりが多く、このままではいけないと思い、身内・友人・社会に向け堂々と胸を張って「会社に行ってくる」と言えるものでないといけないと思うようになりました。簡単にいうと「お店にお手伝いに行ってきます。」ではなく、従業員皆には「会社に出社してきます。」ときちん言ってもらいたい。そこには福利厚生があって、社会的にも認められるような会社にしたいのです。現在は従業員が26人いるのですが、その中で14人は社員ですが、行く末は全従業員を社員にするという気持ちでおりますし「会社の運営は全員、全力で出来る会社を目指そう」という考えです。今ではそれが会社として一番強いという考えに至りました。

 

・9割の従業員が女性!?女性活躍企業の構築

私と工場長と20歳の男の子で男性は3人です。店長、マネージャー、工場主任も全員女性です。女性が多い職場で気を使う事こともありますが、毎日挨拶、労いの言葉を掛け合うこと、その2つを大切にしています。些細なことですけれども、それだけで会社の雰囲気が変わってきますね。それだけで社内のコミュニケーションが上手く取れてきたように思います。いい人材に恵まれた部分もあるんですけれどもね(笑)ですが、ここまでの会社の状態になるのに15年ほどかかりましたよ。今の会社の考え方に賛同し、共に考えて来てくれた人材だけが残ってくれている感じがします。そんな会社のシンプルな考え方としては「商品を作るだけでは物は売れない、何で自分たちが作っているのか。売ってくれる人がいて、買ってくれる人がいて作れるのだから。」という製造側の考えがあって、販売する側には「売ることしか出来ないけれども、作ってくれているから売れるんだ。」という感謝の気持ち。作る側に対する思いを持って売るという姿勢をつくることが大事かなと思っています。そういうバランスを非常に大切にしています。だから接客に命がけになる人も欲しいですし、製造の作ることが大好きでなかなか表舞台には立てないけれども、裏方ではしっかりと支えることが出来る人材に来ていただいたら一緒に成長していけると思います。


キクヤ株式会社 代表取締役 遠山雅治

・設立45年 地域に感動を還元する企業「キクヤ株式会社

今年で45周年を迎えます。昭和49年に創業、父が23歳の時に脱サラし、最初は「タイガースポーツ店」という、ゴルフショップを始めました。ゴルフショップといっても、店舗は持たずにゴルフクラブや手袋などのゴルフ用品を仕入れ、車で売り歩く行商からスタートしました。ですが、思っていたようには業績が伸びずにいました。利益率が悪く、集金に回らなければならない。うまく集金出来ない事も多い、忙しく時間を浪費する薄利な商売でした。このままではダメだと思っていた時に、お客様から「ゴルフコンペの景品ないの?」との声が非常に多くありまして、そういった商品を用意出来れば、商売としてより良くなるのでは?ということで、昭和54年にギフトや卸の仕事をやり始めました。その時に初めて、ギフトというマーケットがあることに気付き、2年も経たないうちにゴルフショップはやめたと聞いております。そこから「キクヤ」という名前に変え、ギフト中心で事業を展開しました。事業をはじめた最初の頃は本当に苦労したと聞いています。現在、ギフト事業では丹南店・氷上店と2店舗展開しており、葬儀事業では篠山・丹波にネムールの森という葬儀会館が2箇所ございます。

※インタビュー者:代表取締役 遠山雅治さん

・仕事に「やりがい」をつくるための仕組みづくりとは

私の中でキクヤの魅力は?と聞かれれば、それは「一人一人が挑戦・やりたい事ができる企業」だと思っています。只今、社員は50人以上いますが、各部門ごとに分かれていまして、部門長の決済は入りますが、社長との距離が近いので提案、要望が通りやすい会社ではないかと自負しております。

ただ、企業理念として“お客様に感動していただくことに喜びを感じましょう”あと、冠婚葬祭業がベースにあるので、“冠婚葬祭業を通じてお客様、地域に還元する”というのが理念ですのでそれに沿った魅力的な提案なら喜んで取り入れます。ただ物を買うだけならネットでいい。なぜお店に足を運んでいただくのかというと、説明をして理解していただく事により冠婚葬祭の知識が身につきますよね。それによって、この地域の冠婚葬祭の知識レベルが上がる。冠婚葬祭は主に「ありがとう」の想いを伝えるわけですから、心も豊かになのではないかと思います。地域の皆さんと一緒に、心も豊かになっていただけるような会社でありたいと思います。

また、管理職の皆さんには社内の中で権限を持っていただき、自身の判断で責任を持ってスタッフと仕事を円滑にしてもらえればと考えています。

・人生の大きなターニングポイントでもある出来事。単身で中国へ

実は昔、大学受験に失敗し、進路が絶たれた時、今の会社に就職しようとした時がありました。その時父に、「会社を継ぐために入社するのであれば中国に行かないと継がせない。」と言われました。もちろん言葉は話せない、現金30万円持たされて、いってらっしゃいと(笑)

そして中国に渡り大学に入学。そのお金で学費と寮費を払って、勉強し、働いて帰ってきました。全て一人で言葉を覚えて、仕事を見つけて、人脈を作って、いう中国での生活でしたが、当時すごくポジティブだったので、1万人くらいいる大学で「全員、僕のことを知っていると言われるようにしよう」と決めて友達に言い続けていました。野球部で友人ができ、その子の授業にも出て、自己紹介させてもらうことでまた友達の輪が広がる。カラオケ大会があれば、出場して賞金もらって賞金で飲みに行ったりと毎日が楽しかったです。調子に乗っていましたね(笑)

でも大学卒業後、働き始めてコテンパンにやられました(笑)仕事スキルが全くない事に気が付きました。エクセルの使い方、社会人としてのメールの打ち方、マナーなど、なっていなくて、毎日ジトッとした嫌な汗を会社のPCの前でかいていました。上司からもすごく叱られました。分からないことは聞こうと決めて、叱られながらも上司や同僚に聞いてなんとかものに出来たという感じでした。中国の会社でしたので、メールにしても、中国語、日本語、英語とありました。フィリピン人とのやりとりは英語。見よう見まねでやっていました。中国語は書くこともできましたので苦労しませんでした。現地採用で、22歳の時に中国人の方を管理していました。普通の会社でしたら、22歳で新卒ですが、入って即、30代がやっているような管理職をやっていました。社会人スキルはかなり怒られましたが、普通の社会人が1、2年かかって覚えることを数カ月で身につけました。4カ月ごろから価格交渉の権限もいただいていていましたね。大変でしたが中国での経験は面白かったです。

・二代目の継承 目指す未来を皆で考え、皆で進む。

日本では家が厳しく、自由がないと感じていましたが、中国での経験は、本来人間があるべき姿なんだなと思えました。叱られない代わりに、全て自分の責任だということを学びました。その後、4カ月ニューヨークで暮らしました。中国での生活で、中国での価値観が染みついていて、ギラギラしすぎていて、このまま日本に帰ると値段交渉などやりすぎてしまうだろうと感じたため、200万円貯金があったので、もう一度揉まれてから帰ろうと思ったのがきっかけです。中和されていると思って帰国しましたが、中国の価値観が全然抜けていませんでしたね(笑)中国の感覚で仕事をすると、日本ではギラギラしすぎていて通用しませんでした。調子に乗っていたのが出ていたんだと思います。帰国後に、ある経験から本当の意味で、周りの人達、お客様、従業員の皆さんへの心からの感謝と配慮が大切だと感じました。

そんな中、どうすれば従業員のみんなが幸せになってもらえるのだろうと考えていた時に、2017年秋からチームコーチングを取り入れ、管理職が集まり、チームで事業目的や、チームアイデンティティー、チームバリュー、そもそも何の為に働くのか?目指すものは何なのか?と皆で考え、共有しました。そこで出てきた社長としてやるべき課題を僕は今ひとつずつ改善させようとしています。管理職の皆さんにリーダーシップをとってもらい、社長任せにならない組織。自分の部署だけのことをやっていても全体が伸びるわけがないので、自分の部署プラス他の部署のこともやったりとかね。全員リーダーシップを発揮しないと新幹線経営ができません。現在二代目を継承し、様々な意見を取り入れることにより、会社をより良くしたいと考え今動き出したところです。チームコーチング、ライングループを組み、情報共有をしています。

・社員に「幸せ」を還元する経営とは

私は、年収が何万欲しいとか、そういう欲求はありません。しかし、会社の中期経営計画、売上目標はしっかりとあり、欲求も高いです。ではこの目標達成できれば従業員のみんなが幸せかと言えば答えは「NO」です。弊社が多店舗展開し、もしですよ、大阪や東京に会社を作っても今いる社員に体感として変化がなければむしろ仕事量が増える、休みが減るという感情が出てきてしまいます。

だって、篠山の人はここで仕事して、ここで生活しているから。自分には何も幸せとして返ってこないですよね。でも、年商が増えて売上が増えるとなると一人当たりの生産性が高まったり、人が増えることにより、年間休日が少しずつ増えていったりね。会社が潤うことにより、給料ベースが上がったり、会社が綺麗になったり、体感があれば頑張れるし、従業員のみんなの幸せに繋がると考えています。

しかし、この「幸せ」の定義は人それぞれです。先ほど申し上げたのはハードであって、ソフト(心)も満たされる組織運営も心がけています。私の考える幸せとは

 

・人に愛されること

・人に褒められること

・人の役に立つこと

・人から頼られること

 

が極論ではないかと考えております。これは人さまざまですがこれは私の座右の銘の一つです。ソフトもハードも合わせてやっぱり「キクヤで働きたい」と言ってもらえるような会社運営をしていきたいと思います。