平成30年 5月30日 篠山市求人情報

最新の求人情報

ハローワーク篠山(柏原公共職業安定所篠山出張所)

2018年 

5月30日提供求人情報

詳しくはPDFリンクをクリックしてください→PDF:587KB

☆5月22日~5月28日までにハローワークが受理した求人情報です。

☆求人内容の詳細をお知りになりたい方は、ハローワーク篠山(電話 079-552-0092)へご連絡をお願いします。また、面接にはハローワークが発行する紹介状が必要です。
☆表中の「求人番号」をハローワーク係員にお伝えください。
☆パートタイム求人の場合、賃金は時間給表示しております。
☆情報作成後において、採用等により求人の取消しがされている場合がありますので、その際はご了承ください。
☆表中の「年齢・指針」欄にある指針(例:「第3の8」などの表示)の説明は年齢指針 (PDF)の3ページを参照ください。
☆企業名等を記載しています。


篠山市 不動産 無料相談会 開催のお知らせ

〜篠山市 不動産 無料相談会 開催のお知らせ〜

不動産無料相談会と言うと硬いイメージを、持たれるかもしれませんが全然そんなコトありません!どんな内容なのか簡単にまとめておくので、この機会に是非ご活用ください。

1,篠山市内に物件を所有していてこの先どのように管理していけばいいか不安など。

2,篠山市内に物件を所有していて(売却・賃貸)などで有効活用したいと考えているがどのように進めて行けば良いかわからない。

その他にも物件、空き家などに関係する事などこの機会に専門家にご相談されてはいかがでしょうか?
どんな小さな相談でも大丈夫ですのでお気軽にご参加ください。

合わせて兵庫県篠山市への移住定住の相談や・物件に関するどんな小さな相談でも大丈夫ですのでお気軽にご参加ください。みなさまのお越しをお待ちしております。

・無料相談会は下記の日程で開催します。

[開催日]

5月19日(土曜日) 午後1時〜4時 @市民センター多目的ルーム3

[場所]

篠山市民センター(兵庫県 篠山市黒岡191)

[詳しいお問い合わせ先]

※もちろんご相談の予約もできます。

 

篠山暮らし案内所 079−552−4141

移住・定住応援ローン新設のお知らせ

篠山市と兵庫県信用組合「けんしん」の包括地域連携協定により

 

移住・定住応援ローンが新設されました。

 

篠山市内の空き家の改修等に使用できますので、篠山市への移住をお考え

 

の方はぜひご活用ください。

 

詳しくは、篠山市のけんしん」の窓口までお問合せください。

 

兵庫県信用組合 篠山支店 TEL079-552-2171

 

移住応援ローンチラシPDF

 


戸建市営住宅の内覧会のご案内 

篠山市の中でも清流のある自然豊かなエリア ”西紀北地区” に戸建の市営住宅があります。

間取りは3LDK・広さは3タイプ(84.47~92.94㎡)

緑に囲まれた素敵な雰囲気です。

内観イメージ1

内観イメージ2

内観イメージ3

内観イメージ4

内観イメージ5

幼稚園・小学校・診療所も徒歩圏内にあります。


※内覧会のお知らせチラシも貼っておきます。

そしてもちろん気になるのは、お家賃ですね。

〈参考例〉

世帯内の年収 約400万円・ご夫婦と中学生以下のお子様1人の場合

家賃 約21,600 円/月

「子育て世帯」であることとそうでないことで、家賃は大きく変動するようです。

上限の家賃は最高でも 56,600 円/月 ですので、入居条件を満たしていれば田舎暮らしの近道と言えるかもしれません。

そんな魅力的な団地の内覧会が開催されます。

平成30年 5月20日(日)

受付時間 9:00~16:00

受付は「しゃくなげ会館」(兵庫県篠山市本郷159番地)に集合

詳しいお問い合わせは

篠山市 まちづくり部 地域計画課

℡(079)552-1118

 

 


2018年2月28日号 篠山市の求人情報のご案内

兵庫県篠山市の求人情報のご案内です.

求人一覧pdf

詳しく求人内容を知りたい方、面接希望の方は、ハローワーク篠山の窓口へお越しください。

・2月20日~2月26日までにハローワークが受理した求人情報です。
・求人内容の詳細をお知りになりたい方は、ハローワーク篠山(電話 079-552-0092)へご連絡をお願いします。また、面接にはハローワークが発行する紹介状が必要です。
・表中の「求人番号」をハローワーク係員にお伝えください。
・パートタイム求人の場合、賃金は時間給表示しております。
・情報作成後において、採用等により求人の取消しがされている場合がありますので、その際はご了承ください。
・企業名等を記載しています。

・ハローワーク篠山出張所の詳細

住所:〒669-2341 兵庫県篠山市郡家403−11
電話:079-552-0092
開館時間:
土曜日 定休日
日曜日 定休日
月曜日 8時30分~17時15分
火曜日 8時30分~17時15分
水曜日 8時30分~17時15分
木曜日 8時30分~17時15分
金曜日 8時30分~17時15分

株式会社 小田垣商店

インタビュー者:営業販売部 部長 山本哲様

・篠山から全国へ 黒豆の老舗「小田垣商店」

1734年が創業になりますが、その頃は丹波黒とは関係のない鋳物商(いものしょう:金物屋)を営んでおりました。1868年に当社の前身である小田垣種苗店へ転業いたしました。現在の社長で7代目になります。
主に弊社が取り扱う商品は、丹波黒大豆と丹波大納言小豆が中心となっています。明治元年に創業し、黒豆の種と、大納言の種を販売するようになって、地元の生産農家さんにお世話になり、収穫されたものを小田垣が仕入・選別、販売するというのが事業の発祥になります。

昭和45年に減反政策がスタート以降、それまでは、あぜ豆として丹波黒豆は植え付けられていたのが、減反政策がスタートしたと同時に水田でも丹波黒を作るようになりました。

そこから少しずつ販路を拡大していき全国の小売店さん、豆屋さんなどに苦労して頂きながら一般の消費者の方に丹波黒を認知してもらえるようになり、今の丹波黒大豆、丹波大納言小豆の老舗の会社としての位置を築きました。

※(株)小田垣商店外観

 

・丹波黒大豆の歴史「全国に至るまでの苦難の道」

丹波黒大豆の特徴は、大粒で丸くて粉が吹いているという事、これが大きな特徴なんです。粉を吹いているという特徴について「見た目が汚れている」という事を昔は言われていました。そして当時は粉を拭き取るためにわざわざ磨いていたようです。

北海道の黒豆が「ひかり黒」といわれ磨いているから綺麗なんです。それに対して丹波黒大豆は粉が吹いており値段も高いと言われることもあり、最初はどのようにブランド化するのか色々と苦労したようです。

ただ、「値段は高いけれども大粒で美味しい。」というのを何年もかかって小田垣が中心となって東京や日本全国の小売店に説明しご納得していただいて広がったという事です。今と違って交通の利便性が悪く、配達ひとつにしても運送業者もありませんし、地道にご説明にお伺いして大変苦労したと聞いています。

・「自身で調理し素材の味を楽しむ」

本当は、丹波黒大豆を年間通して食べていただきたいのですが、毎年、秋以降から年末に注文が集中しています。年間需要としては加工用・調理済みで比べると割合が「6:4」で加工用が断然多く占めていると思います。ですが一般家庭で丹波黒大豆は「調理する時間や手間がかかる」と言ったイメージがあるのでしょうか、調理済みの物を購入される方が多いという傾向があります。日本の文化として豆はできればご自身で家庭、ご自身の味で調理していただきたいなと思います。


※店内風景

 

・全国区から世界へ「小田垣が考える」マーケティング戦略

5年前から香港で展示会を行ったり、台湾に視察に行ったりしています。今後少しずつですが、加工品をアジア中心に販売できればと考えています。来年から減反政策の関係もあり、農業の仕組みも変わってきますから、販路を広げて生産者さまに作って頂いたものを販売できるようにと思っています。

小田垣が大切に考えているのは、生産者の方々が「丹精こめて作った丹波黒大豆と大納言小豆の売れ残りをゼロにする。」そういった想いで全国から世界に発信しています。生産者さまに少しでも還元したい、そういった気持ちで日々仕事をしています。

※丹波黒大豆の「手より選別」作業風景

 

・小田垣の「味が出る仕事」とは

私が率直に思うのが「地味な会社」なんですよね(笑)というのが、仕事自体も地味なんですけども、それが篠山には丁度いいと私は思っています。「やっていくうちに味が出てくる仕事」です。

日頃している仕事・作業は「手より選別」といいまして、弊社の大切な選別作業です。朝8時30分から夕方5時まで女性たちが一生懸命に一粒一粒品質を見極めてくれています。1日1人で100キロ選別し、1日中、目と手の五感で選別する手作業なので、忍耐力も必要で大変な仕事です。

男性の作業は力仕事が多く、黒豆の入っている大袋(30キロ)を選別また保管・出荷します。それを1日1000から1500袋を動かします。これは本当に忍耐力が必要で、地道な気持ちを持ちながらモチベーションを保つことが必要な仕事だと思います。

・離職率が低いその理由

丹波黒は地元の特産でもありますし、日本一、世界一大きな品種の黒豆を扱っているという事で、非常にお客様に喜んでいただける機会が多いです。特に年末は、黒豆が大きいなどの反響も増えています。その他には、ご購入頂きましたお客様にお礼状を必ずお出しするのですが、お客様にも返信していただく機会がありまして、
「今年は美味しく炊けました。ありがとう。」とお喜びの声を頂く機会が多くあります。他にも、ホームページのコメントを書いて頂いたりと様々なところでお声をいただき社員一同、大変うれしく思っています。

電話や文章でのやりとり以外にも、お客様と直に触れ合う機会もあります。例えば、「食育」について会が開かれたその時に参加されたお客さまが、お礼の電話をくだささった事もあります。食育を通じて参加頂いた消費者の方のご意見や丹波黒への想いを従業員のみんなで「お客様の声」として共有し「お客様からいただいた喜びの声を従業員一人一人に伝える」これを非常に大事にしています。

仕事には派手さは無いですし忍耐力も必要ですが、働く環境や、歴史ある仕事やお客様のありがたいお言葉にやりがいを持って仕事をしてもらっている所が、勤続40年の大ベテランの社員も在籍する、離職率の低くさに繋がっているのかも知れません。


※丹波黒大豆の「手より選別」作業風景②

 

・従業員の男女比について

準社員さんを含めて約58人、男性が18人、女性が40人と女性が多いです。
女性ならではの繊細さを必要とする作業が多いからかも知れません。最も重要な手より選別作業は、全員女性で最近ここ10年では若い方も多く働いて頂けるようになりました。高卒で採用もするようになりましたし、Uターンの方も増えてきました。

・会社が大切にする「従業員への感謝の心」

老若男女問わず従業員たちの親睦の場が数多く小田垣にはあります。一昨年は、社員旅行で海外に行きました。他にもバス一台を貸し切って約50人で毎年、京都へ初詣に行ったり、春は花見をしたりしています。年に1回必ず親睦旅行をする会社も景気とともに少なくなってきているかと思いますが、「従業員同士の親睦を深めてほしい。」という、会社から職場環境への配慮や思いやりが感じられ大変嬉しく思います。

・小田垣で一緒に働きませんか?

この職場に向いている人は、真面目で正直で素直さがあってキッチリとした仕事ができる人でしょうね。小田垣商店で一緒に働いていただける方を随時募集しております。興味がおありの方は是非ご連絡ください。Iターンの方や、Uターンの方も大歓迎です。そして、できれば篠山に住んで欲しいです。是非一度ご覧ください。


株式会社 いなかの窓 西本 和史

・地方IT企業「いなかの窓」の方向性

現在、私たちの会社に事業は大きく分けて4つの事業があります。

1,WEBサイト事業
ウェブサイトの企画・制作とショッピングサイトの運営。
システム開発など

2,デザイン事業
デザインについては主にポスター・チラシ・パンフレットなど紙媒体の広告物全般と、ブランディング系の広告、販売促進の広告、封筒や名刺と幅広く制作しています。

3,メディア事業
メディア事業では「#ささやま」という地域の魅力を発信するポータルサイトの運営と全国向けに「趣味ちゃんねる」という自分の趣味を発掘するサイトを運営しています。

4,サポート事業
サポートは主にハードウェアとかパソコンが壊れたとかWi-Fiが繋がらないなどの問題を解決する細やかなサービスとハードウェアやソフトウェアを導入するという相談が多いですね。

の4つに分かれています。

・趣味チャンネルってなんですか?

一言で言えば自分にあった趣味を探すサイトです。閲覧数は月間で60万PV、年間でいうと800万PVにもなるサイトを運営しています。市内にでもこれだけの閲覧されるサイトを持っている人はなかなかいないと思います。
趣味ちゃんねるリンク

・#ささやまってなんですか?

#ささやまは昨年にクラウドファンディングで市内の方々から出資を募って市内の情報を面白く笑って見てもらえるポータルサイトです。例えばSNSや既存のサイトには情報に偏りや、限りがあったりしますが、シャープ篠山はそういった垣根が無く閲覧者の方に笑って見てもらえる親近感が持てるようなサイトにしています。クスっと笑える発信内容なので是非一度見てください。
#ささやまリンク

・地方を目指した若手起業家

代表の本多とは中学生時代の同級生で、もう一人のデザイナーの箕浦は本多と高校時代の同級生でした。学生を卒業してからそれぞれ3人はフリーランスや企業で勤めたりとバラバラの生活をしていましたが、ある時みんなでチャットやスカイプをしてて「篠山に戻って一旗あげるか!!」という話になって、それからみんなスパッと仕事を辞めて篠山市に戻ってきて「株式会社いなかの窓」を起業しました。

3年前の起業当時に事業内容はあまり決まっていなくて、とりあえず自分たちに出来る事をしようと考え、何で社会に貢献できるかとか、何が収益になるかを考えて、少しずつ今の事業の内容になっていったという感じです。現在のIT関連の業態になったのは、3人にITのスキルがあっただけで、例えば我々が大工や飲食業をというスキルを身に付けていたら違う業態での起業になっていたかもしれませんね。ですのでその時の「自分たちのできることをやる」という考え方が会社の基本的な考え方になっていきました。

 

※デザイナーの箕浦さん

 

・つまらないを面白く!企業ブランディングへ 

篠山をつまらないと感じている人は、篠山をつまらないと思っているからだろうと思っていて、少し視点を変えれば様々な情報やコンテンツがころがっているのではないかと思いますし、それらは強みになると思っています。そんなことを一言で表現しようと尖っていた創業当時に「つまらないのは自分たちじゃないか!」みたいなキャッチコピーを考えてみたりもしましたね(笑)。そんな一種の反骨精神みたいなものが会社を初めたきっかけでもありましたし、もちろん篠山市が大好きという想いが根幹の部分にあったので、篠山のマイナスに思われているところを僕らの目線でプラスにしてやるぞって思いましたね。あっこれは名言です(笑)

篠山市に戻って来て仕事をしていく中で、多い案件としては企業のホームページを制作したりチラシやパンフレットの制作が多くなってきて感じたのが、篠山には大きな企業や、地域の中で人気のある会社があるのに、その魅力や情報が上手く発信されていないと感じました。特に情報発信においては都会と比べて質が劣っていると感じましたね。そういった事でお客様にお手伝いできないかと考え、ホームページやECサイトを制作して終わりでは無くブランディングや広報という部分でもサポートできる体制を創り、充実したサービスを提供できるように心がけてきました。そんな中で企業様や個人様と共に歩むようになり「いなかの窓に頼んで良かった」や「本当に助かった」と言われことが仕事をしていて満たされる瞬間でもありますね。

 

※インタビュー者:取締役社長 西本さん

 ・現代の地方の歩き方

地方で仕事をする意味は人それぞれだと思いますが、代表の本多が言うには、都会より人材が少ないので、自分自身にスキルがあれば活躍できるチャンスがあるという所が地方で働く魅力の一つかもしれないですね。UターンIターンのような外部の目を持ったスキルのある人材は今後、地方都市には今よりもっと需要が高まると思います。

その他には、ライフスタイルで考えると都会の雑騒なところで過ごすより、静かなところで生活しながら仕事をする事もありかなと思いますね。「ゆったりとしたライフスタイル」と「自分でも活躍できるかもしれない」というところの2つを両立できることが”いなかの窓”の強みなっているとも思います。そしてなにより、地方都市で仕事をする場合は人間関係が都会に比べて近いので、この人の役に立てているという「やりがい」を感じる機会に溢れていると思います。

・モチベーションの維持

私は以前は大きな企業で勤めていましたが、そのような大企業は各部門で仕事を分けています。例えば、総務部門の中でも様々な作業部門があって機能別になっていたりします。その時私の業務といえば採用の数字だったり、統計を出す仕事をしていましたが、その仕事が何の役に立つのかが見えてきませんでしたね。自分の今している仕事は誰から来た仕事なのか?とイメージしづらかったり、今している仕事は誰の役に立てているのか?と「誰かの役にたっているというやりがい」を見出しにくく感じましたので、企業の際にはその部分に注意しました。ですので現在は、全体的に人口が少なくなると人間関係が濃密なものになっていく地方での仕事環境の中で、より身近なお客様と一緒に地域の盛り上げて行けているなと思えることに、仕事の幸せを感じながらモチベーションの維持にも繋がっていっています。

 

※エンジニアの本多さん

 ・地域創生のその先

今後の会社の進んでいく方向性としては「個々のやりたい事を実現できる会社」にしていく事ですね。現在一緒に働いている仲間たちであったり、私個人であったり、一人一人の個性を大切にしていきたいと思っています。例えば新しいサービスを作りたいと、やりたい事を見つけて考え始めるスタッフがいた時に、社内で協議しそのような案件の後押しできる体制を創っていきたいと考えています。そうなれば全体的に自由な発想を持って仕事が楽しくできる会社になっていくと思うからです。まだまだ企業して間もないですが様々なノウハウも蓄積してきましたので、スタッフ皆でそれらを共有し自身の理想のライフスタイルを叶えられるような企業になって行きたいですね。

記者「このインタビューを見ている人へメッセージってありますか?」

えっと・・・そうですね。「目的が無くても楽しく働ける」ってどうですか?(笑)夢が無くても楽しく働ける!そんな町です篠山市!以上です。
あっ、やっぱりココはカットでお願いします。(笑)


2018年2月21日号 篠山市の求人情報のご案内

兵庫県篠山市の求人情報のご案内です.

求人一覧pdf

詳しく求人内容を知りたい方、面接希望の方は、ハローワーク篠山の窓口へお越しください。

・2月13日~2月19日までにハローワークが受理した求人情報です。
・求人内容の詳細をお知りになりたい方は、ハローワーク篠山(電話 079-552-0092)へご連絡をお願いします。また、面接にはハローワークが発行する紹介状が必要です。
・表中の「求人番号」をハローワーク係員にお伝えください。
・パートタイム求人の場合、賃金は時間給表示しております。
・情報作成後において、採用等により求人の取消しがされている場合がありますので、その際はご了承ください。
・企業名等を記載しています。

・ハローワーク篠山出張所の詳細

住所:〒669-2341 兵庫県篠山市郡家403−11
電話:079-552-0092
開館時間:
土曜日 定休日
日曜日 定休日
月曜日 8時30分~17時15分
火曜日 8時30分~17時15分
水曜日 8時30分~17時15分
木曜日 8時30分~17時15分
金曜日 8時30分~17時15分

杉尾農園 代表 杉尾 誠

・安定した生活から60歳での挑戦

大学卒業後、定年まで宝塚の市役所に勤めていました。第二の人生は「一花咲かせたい」ということで、それまで父がやっていた農業を始めました。若い時は、父のしていた農業を継ぐとは考えていませんでしたので、農機具は父が亡くなった時に全部売りに出していたんですよ。ですから、農業を新たに始めた時は農機具をすべて買い直しましたから大変でしたね。そして、最初は市役所の仕事をしながら、兼業農家という形でしていました。定年退職後から現在、専業農家で仕事をしています。

・組織の中で情報収集

市役所に勤めている時に広く浅く様々な事業のことを勉強させていただきました。それらを活かし40歳から50歳まで準備期間に費やそうと考え、農業に関する自分自身の力をつけるために情報収集をしました。市役所の業務に、支障のない不動産事業を50代から始め、60歳になる頃には、収支の合うような事業をするようになりました。若い時から何かやれと言われたら「一直線に集中して突っ走るタイプ」でしたし、人がやらないような事をやっていきたいというような考えを常に持っていました。結局は社長になりたかったんです、社長に(笑)

 

 ・「農業の顔」本質は「起業家」

実は僕は、農業だけをしている訳ではありません。農業も事業の一つというだけで、色んな事業をしています。その中の一つの事業が農業というだけです。他には不動産業などをしております。不動産業と言いましても色々な種類があります。マンション経営、住宅、家を貸すものもありますよね。自動販売機、太陽光発電、土地を貸す、コンテナを貸すなども。私はその内、5つから6つの事業をしています。あとは、資金運用もやっています。株とか、ファンドとかですかね。どうしても杉尾農園という農業にスポットがあたりがちですけど(笑)

・「育成」と「継承」

自分が好きではじめた事業「杉尾農園」を息子が継ぎたいと言ってくれた時は、親としても本当に嬉しいと感じました。ですのでこの事業を2代目にしっかり継承する事が次の目標ですね。と言っても、まだまだ現役でやりたい事がいっぱい私にはあるので、息子に気力・体力的にもまだまだ負けないぞ!と思ってますけどね(笑)そして自身の事業だけではなく、今後も新規就農者を受け入れ、独立準備からのお手伝いができればと考えています。私の会社では農業のノウハウ、不動産事業もありますから、「仕事と住まい」の両面からお役に立てると思っています。

 

・やまもとちえこさん

元々の出身は大阪です。現在、篠山に移住し杉尾農園に主人が勤めております。2017年12月からは独立して、篠山で農業で起業するただいま絶賛準備期間中です。

・「都会で起業」or「田舎で起業」

大阪で結婚生活をしている中で、老後の事を考える機会が増えました。「自分達で何かしたい。」という考えをこれまでずっと持っていたので、このまま大阪で老後を迎える、という事に不安や違和感がありました。主人の前職が飲食店でしたので、飲食店経営も夢のひとつでしたが、大阪は人口が多く競争が激しいですし、店を出すとなっても大金が必要ですので、そういったことなどを考えすぎて踏み出せずにいました。

・移住キーワード「住まい・仕事」+ α

杉尾農園の娘さんとは20代の時からの友人で、篠山に何回か遊びにいく機会がありました。その娘さんに杉尾農園を紹介してもたったのですが、元々興味があった「田舎暮らし・農業」と「夫婦で何かしたい。」という想いのキーワードがカチっと歯車が合ったんですよね。そこから移住までの動きはものすごく早かったです。(笑)

杉尾農園には移住を考える人のキーワードになる「住まい・仕事」この両面のサポートをしていただいたことが大きかったと思います。そして現在は、農業で起業するためのノウハウを学び、起業準備をしながら、篠山での田舎暮らしを満喫しています。そんな生活の中で友人・知人も増えて、大阪などの都市部にアクセスの良いこの環境がすごく気に入っています。

 

・HONKI de FARM ー本気で農業ー

この12月から、HONKI de FARMという名前で事業をスタートします。「夫婦二人三脚で真剣に農業をしていきたい。」という夫婦の想いを名前に込めました。杉尾農園みたいに、大型専業農家では出来ない、私たち二人だからこそできる小回りのきく農業をしていきたいと考えています。美味しさ、安全さ、そしてオシャレさにこだわって野菜作りをしていきたいと考えています。私は前職でWEBデザインの仕事をしていましたので、それを活かして野菜のパッケージを考案したり、SNSを利用して広報を担当していきたいです。主人が野菜作りに専念できるよう、しっかり支えていきたいと思っています。


Linda Linda 代表 堀川直人

インタビュー者:なかい いくみ様

・”こんな素敵なお店で働いてみたい!”前職と同じ職業に復帰を決意

最初はお客としてリンダリンダを利用していました。当時、担当のスタイリストさんに「一緒に働かない?」と声を掛けられたのがお店に入ったきっかかけになります。実は、前職で美容室に勤めていた経験がありまして、美容師のお仕事が大変なのは知っていましたが、お客として美容室を利用するうちに「こんな素敵なお店で働いてみたい!」と思うようになりリンダリンダで勤めることにしました。

 

・ お客様に喜んでもらいたい” 新たな挑戦

今、実際に勤めてみて「楽しい!」の一言に尽きますね。職場環境も良くて、仕事も充実しています。
私は現在、美容師の資格が無ありませんので、主な仕事はスタイリストさんのヘルプに入ってお手伝いをしています。でも、働いているうちに「お客様にカットして喜んでもらいたい。」と思うようになりました。そして美容室の資格をとりたいなと思い、現在は美容室で働きながら美容師学校に通って資格取得のために頑張っています。

 

 

・家庭・仕事・勉強の両立

私には小さな子供がいます。好きな仕事と勉強を両立できているのも、家族の支えがあるからです。本当にすごく恵まれてるなって思ってます。美容師の仕事は土・日に休みがなかなか取れませんが、家族がしっかりサポートしてくれるおかげです。そしてお店のオーナーも「お店に子供を連れてきてもいいよ。」と言っていただいたり、職場環境にも随分と助けられています。「家庭・仕事・勉強」の3つを両立するのは大変ですけど、家族やお店のみんなに支えられて両立できています。

 

・技術を磨いてスタイリストに

美容師資格を取得することは大変ですね。スクーリングもありますし、筆記、実技と勉強三昧です。「子育て・仕事・勉強」の3本を両立するのは、なかなか大変です。(笑)でも、美容師の国家資格を早く取得して、お客様にカットをして喜んでいただきたいですね。そして何より少しでもお店のお役に立ちたいです。資格取得してスタイリストとして自立して技術を磨き、お店の役に立ちたいと考えています。本当にオーナーやお店のスタッフの皆さんのことが好きで、少しでも早く力になりたいです。

 

インタビュー者:堀川直人さま

・都会への憧れ、四国から単身大阪へ

恥ずかしい話なんですけど、ドラマの影響ですね。木村拓哉が主演の「ビューティフルライフ」を見てカッコいいなと思ったんです(笑)単純ですね。(笑)
僕は四国の香川県出身で、四国から出た事が無かったんですよ。学生の時野球一筋で。とにかく四国を出たい。都会に行きたい一心でした。そして大阪で美容師として働きはじめました。

・美容師から転職

楽しい事ばっかりじゃ無かったですね。正直、給料も安いし、勤務時間も長いし、業務が終わってからカットの練習をしたりと、当時は遊びたいばっかりでしたね。当時僕は18歳で専門学校は出ていなかったので、通信学校に行きながら仕事していたんですよ。だから友達もいなくて、お金も無くて、遊ぶ時間も無くて、ほんとに大変でしたね(笑)

実は美容師免許を取得してから、一度美容師をリタイア(退職)しているんですよ。その後、サラリーマンで営業の仕事に就いてました。で、その営業職も3年ほどして退職して、また美容師に戻りました。結局キツイ仕事ですけど美容師という仕事が好きなのでしょうね(笑)

・田舎の空気で子供を育てたい と篠山に転居を決意

当時は僕も妻も大阪に住んでいたのですが、僕は香川県出身。妻は篠山市出身。子供は次の年に小学校に入学というタイミングに「香川、篠山どちらかの田舎に引っ越したい。」と夫婦で話していたんです。

子供を田舎で、のびのび育てたかったんですよね。住む場所はどちらでもよかったのですが、住居にこだわりがあって、店と家が一緒なのが僕の中で理想だったんですよね。そのタイミングで、たまたま理想の物件が篠山にあったんですよ(笑)でも、その物件を購入するにしても当時は若かったですし、資金面で正直不安がありました。物件を買うにも銀行はお金を貸してくれないと思っていたのですが・・・。ところが「えっお金が借りれるんだ!?じゃあ購入しよう!」って事で直ぐに決断しました(笑)ほんとそんなノリです(笑)篠山に住みたいとかじゃなくって。そんな理由だったり、子供を田舎の空気で育てたいとか、妻の実家の近くで子育てしやすいかなってほんとにそのぐらいの考えでした。

・夫婦二人三脚でお店をスタート

実は僕は、篠山に引っ越してから2年ぐらいは大阪に通って美容師を続けていました。店をオープンして最初1年は妻が店を切り盛りして、僕は大阪に仕事に、そんな生活をしていました。香川県から大阪は遠いですが、篠山から大阪までは電車で1時間の距離なんで苦もなく大阪まで通勤してました。いよいよ篠山の店も忙しくなってきて僕も戻って仕事を二人でするようになりました。それが僕が30歳の時です。

・高齢化社会を視野に入れた新しいビジネス

僕の理想のお店は、現在篠山市は約42,000人で今後高齢者社会になるじゃないですか?そんな中で、篠山市の幅広い層のお客様に満足していただけるような店にしたいです。「地域に密着したお店」といえばいいでしょうか。例えば、高齢者の交通手段が無いお客様にも喜んでもらえるような、移動型の訪問美容とかそういった事も視野に入れて展開していけたらって思ってます。

・納得できるかっこいい働き方、生き方

僕には夢があるんですよね。オシャレな雑貨屋もしたいんです。店舗の隣の部屋の壁をバーンってぶち抜いてね(笑)アメリカに行って買い付けに行きたいんですよね。隣の部屋をアメリカのアンティークな雑貨で埋め尽くしたいです。今後は出張型でカットしたり、雑貨を買い付けにアメリカに行ったりとか、新しい外の動きをしていけたらなって夢があるんです。そんな自分の中のカッコいい理想の働き方・生き方をしたいなって思います。

 

インタビュー者:堀川恵里さま

・自分らしくゆったりと

大阪時代は大手の美容室で勤めていました。
当時のお店では毎日がとても忙しくバタバタと一日が過ぎて行く…そんな日々の中で私にはお客様を心から喜ばせてられる自信と、自分が心から美容師としての仕事を楽しめている自信がありませんでした。しかし、今では自分らしくお客様と向き合えるお店で、最高に楽しい日々を過ごさせて頂いてます。

・子育てと仕事がうまくライフスタイルと融合できる篠山市

夫婦で大阪で理想の美容室をオープンさせたいと言う夢をリアルに想像した時に、
私達は店、子供達はマンションで留守番する。という環境はどうか?と考えた時に「私達の理想のお店と暮らしって本当に都会ですることなのかな…」と疑問が出てきました。

そう考えている中、現在のお店であるこの物件と出会いました。
住居兼店舗で、しかも表からは店舗しか見えなくて。大通りに面しているのではなく、奥ばった場所にあります。口コミで知ってもらえる「隠れ家」の様な。そんな私たちの理想の物件と。

子供がお店に「ただいま」って帰ってくれば、お客様も「おかえり」と声をかけて下さる。お客様にリラックスしていただけて、ゆったり自分スタイルで、自身も心から楽しんで働ける。

そのこだわりを出せるお店であり、子供達が安心して帰ってこれるお店。田舎って素晴らしい。ほんとに篠山っていい街だと思います。子供達もすくすく元気にのびのび心も綺麗に育ってくれています。空気は綺麗で、星も綺麗です。

娘が「ママ見て!星がすごくキレイ!篠山に引っ越してきて良かったな!」って言ってくれた時はほんとに嬉しかったです。成長する子供達を見れば、ほんと田舎に引っ越してきて良かったなと思っています。

都会が好きな私にとっても、大阪、神戸、京都まで1時間ですぐに行けるこの距離が篠山の大きな魅力の一つです。

 

インタビュー者:なかい いくみ様

・”こんな素敵なお店で働いてみたい!”前職と同じ職業に復帰を決意

最初はお客としてリンダリンダを利用していました。当時、担当のスタイリストさんに「一緒に働かない?」と声を掛けられたのがお店に入ったきっかかけになります。実は、前職で美容室に勤めていた経験がありまして、美容師のお仕事が大変なのは知っていましたが
、お客として美容室を利用するうちに「こんな素敵なお店で働いてみたい!」と思うようになりリンダリンダで勤めることにしました。

 

 

・ お客様に喜んでもらいたい” 新たな挑戦

今、実際に勤めてみて「楽しい!」の一言に尽きますね。職場環境も良くて、仕事も充実しています。

私は現在、美容師の資格が無ありませんので、主な仕事はスタイリストさんのヘルプに入ってお手伝いをしています。でも、働いているうちに「お客様にカットして喜んでもらいたい。」と思うようになりました。そして美容室の資格をとりたいなと思い、現在は美容室で働きながら美容師学校に通って資格取得のために頑張っています。

 

 

 

・家庭・仕事・勉強の両立

私には小さな子供がいます。好きな仕事と勉強を両立できているのも、家族の支えがあるからです。本当にすごく恵まれてるなって思ってます。美容師の仕事は土・日に休みがなかなか取れませんが、家族がしっかりサポートしてくれるおかげです。そしてお店のオーナーも「お店に子供を連れてきてもいいよ。」と言っていただいたり、職場環境にも随分と助けられています。「家庭・仕事・勉強」の3つを両立するのは大変ですけど、家族やお店のみんなに支えられて両立できています。

 

 

・技術を磨いてスタイリストに

美容師資格を取得することは大変ですね。スクーリングもありますし、筆記、実技と勉強三昧です。「子育て・仕事・勉強」の3本を両立するのは、なかなか大変です。(笑)でも、美容師の国家資格を早く取得して、お客様にカットをして喜んでいただきたいですね。そして何より少しでもお店のお役に立ちたいです。資格取得してスタイリストとして自立して技術を磨き、お店の役に立ちたいと考えています。本当にオーナーやお店のスタッフの皆さんのことが好きで、少しでも早く力になりたいです。

 

インタビュー者:堀川直人さま

・都会への憧れ、四国から単身大阪へ

恥ずかしい話なんですけど、ドラマの影響ですね。木村拓哉が主演の「ビューティフルライフ」を見てカッコいいなと思ったんです(笑)単純ですね。(笑)
僕は四国の香川県出身で、四国から出た事が無かったんですよ。学生の時野球一筋で。とにかく四国を出たい。都会に行きたい一心でした。そして大阪で美容師として働きはじめました。

 

 

・美容師から転職

楽しい事ばっかりじゃ無かったですね。正直、給料も安いし、勤務時間も長いし、業務が終わってからカットの練習をしたりと、当時は遊びたいばっかりでしたね。当時僕は18歳で専門学校は出ていなかったので、通信学校に行きながら仕事していたんですよ。だから友達もいなくて、お金も無くて、遊ぶ時間も無くて、ほんとに大変でしたね(笑)

実は美容師免許を取得してから、一度美容師をリタイア(退職)しているんですよ。その後、サラリーマンで営業の仕事に就いてました。で、その営業職も3年ほどして退職して、また美容師に戻りました。結局キツイ仕事ですけど美容師という仕事が好きなのでしょうね(笑)

 

 

・田舎の空気で子供を育てたい と篠山に転居を決意

当時は僕も妻も大阪に住んでいたのですが、僕は香川県出身。妻は篠山市出身。子供は次の年に小学校に入学というタイミングに「香川、篠山どちらかの田舎に引っ越したい。」と夫婦で話していたんです。

子供を田舎で、のびのび育てたかったんですよね。住む場所はどちらでもよかったのですが、住居にこだわりがあって、店と家が一緒なのが僕の中で理想だったんですよね。そのタイミングで、たまたま理想の物件が篠山にあったんですよ(笑)でも、その物件を購入するにしても当時は若かったですし、資金面で正直不安がありました。物件を買うにも銀行はお金を貸してくれないと思っていたのですが・・・。ところが「えっお金が借りれるんだ!?じゃあ購入しよう!」って事で直ぐに決断しました(笑)ほんとそんなノリです(笑)篠山に住みたいとかじゃなくって。そんな理由だったり、子供を田舎の空気で育てたいとか、妻の実家の近くで子育てしやすいかなってほんとにそのぐらいの考えでした。

 

 

・夫婦二人三脚でお店をスタート

実は僕は、篠山に引っ越してから2年ぐらいは大阪に通って美容師を続けていました。店をオープンして最初1年は妻が店を切り盛りして、僕は大阪に仕事に、そんな生活をしていました。香川県から大阪は遠いですが、篠山から大阪までは電車で1時間の距離なんで苦もなく大阪まで通勤してました。いよいよ篠山の店も忙しくなってきて僕も戻って仕事を二人でするようになりました。それが僕が30歳の時です。

 

・高齢化社会を視野に入れた新しいビジネス

僕の理想のお店は、現在篠山市は約42,000人で今後高齢者社会になるじゃないですか?そんな中で、篠山市の幅広い層のお客様に満足していただけるような店にしたいです。「地域に密着したお店」といえばいいでしょうか。

例えば、高齢者の交通手段が無いお客様にも喜んでもらえるような、移動型の訪問美容とかそういった事も視野に入れて展開していけたらって思ってます。

 

 

・納得できるかっこいい働き方、生き方

僕には夢があるんですよね。オシャレな雑貨屋もしたいんです。店舗の隣の部屋の壁をバーンってぶち抜いてね(笑)アメリカに行って買い付けに行きたいんですよね。隣の部屋をアメリカのアンティークな雑貨で埋め尽くしたいです。今後は出張型でカットしたり、雑貨を買い付けにアメリカに行ったりとか、新しい外の動きをしていけたらなって夢があるんです。そんな自分の中のカッコいい理想の働き方・生き方をしたいなって思います。

 

インタビュー者:堀川恵里さま

・自分らしくゆったりと

大阪時代は大手の美容室で勤めていました。
当時のお店では毎日がとても忙しくバタバタと一日が過ぎて行く…そんな日々の中で私にはお客様を心から喜ばせてられる自信と、自分が心から美容師としての仕事を楽しめている自信がありませんでした。しかし、今では自分らしくお客様と向き合えるお店で、最高に楽しい日々を過ごさせて頂いてます。

 

 

 

・子育てと仕事がうまくライフスタイルと融合できる篠山市

夫婦で大阪で理想の美容室をオープンさせたいと言う夢をリアルに想像した時に、
私達は店、子供達はマンションで留守番する。という環境はどうか?と考えた時に

「私達の理想のお店と暮らしって本当に都会ですることなのかな…」と疑問が出てきました。

 

そう考えている中、現在のお店であるこの物件と出会いました。
住居兼店舗で、しかも表からは店舗しか見えなくて。大通りに面しているのではなく、奥ばった場所にあります。口コミで知ってもらえる「隠れ家」の様な。そんな私たちの理想の物件と。

子供がお店に「ただいま」って帰ってくれば、お客様も「おかえり」と声をかけて下さる。お客様にリラックスしていただけて、ゆったり自分スタイルで、自身も心から楽しんで働ける。

そのこだわりを出せるお店であり、子供達が安心して帰ってこれるお店。田舎って素晴らしい。ほんとに篠山っていい街だと思います。子供達もすくすく元気にのびのび心も綺麗に育ってくれています。空気は綺麗で、星も綺麗です。

娘が「ママ見て!星がすごくキレイ!篠山に引っ越してきて良かったな!」って言ってくれた時はほんとに嬉しかったです。成長する子供達を見れば、ほんと田舎に引っ越してきて良かったなと思っています。

都会が好きな私にとっても、大阪、神戸、京都まで1時間ですぐに行けるこの距離が篠山の大きな魅力の一つです。

 

インタビュー者:なかい いくみ様

・”こんな素敵なお店で働いてみたい!”前職と同じ職業に復帰を決意

最初はお客としてリンダリンダを利用していました。当時、担当のスタイリストさんに「一緒に働かない?」と声を掛けられたのがお店に入ったきっかかけになります。実は、前職で美容室に勤めていた経験がありまして、美容師のお仕事が大変なのは知っていましたが
、お客として美容室を利用するうちに「こんな素敵なお店で働いてみたい!」と思うようになりリンダリンダで勤めることにしました。

 

 

・ お客様に喜んでもらいたい” 新たな挑戦

今、実際に勤めてみて「楽しい!」の一言に尽きますね。職場環境も良くて、仕事も充実しています。

私は現在、美容師の資格が無ありませんので、主な仕事はスタイリストさんのヘルプに入ってお手伝いをしています。でも、働いているうちに「お客様にカットして喜んでもらいたい。」と思うようになりました。そして美容室の資格をとりたいなと思い、現在は美容室で働きながら美容師学校に通って資格取得のために頑張っています。

 

 

 

・家庭・仕事・勉強の両立

私には小さな子供がいます。好きな仕事と勉強を両立できているのも、家族の支えがあるからです。本当にすごく恵まれてるなって思ってます。美容師の仕事は土・日に休みがなかなか取れませんが、家族がしっかりサポートしてくれるおかげです。そしてお店のオーナーも「お店に子供を連れてきてもいいよ。」と言っていただいたり、職場環境にも随分と助けられています。「家庭・仕事・勉強」の3つを両立するのは大変ですけど、家族やお店のみんなに支えられて両立できています。

 

 

・技術を磨いてスタイリストに

美容師資格を取得することは大変ですね。スクーリングもありますし、筆記、実技と勉強三昧です。「子育て・仕事・勉強」の3本を両立するのは、なかなか大変です。(笑)でも、美容師の国家資格を早く取得して、お客様にカットをして喜んでいただきたいですね。そして何より少しでもお店のお役に立ちたいです。資格取得してスタイリストとして自立して技術を磨き、お店の役に立ちたいと考えています。本当にオーナーやお店のスタッフの皆さんのことが好きで、少しでも早く力になりたいです。

 

インタビュー者:堀川直人さま

・都会への憧れ、四国から単身大阪へ

恥ずかしい話なんですけど、ドラマの影響ですね。木村拓哉が主演の「ビューティフルライフ」を見てカッコいいなと思ったんです(笑)単純ですね。(笑)
僕は四国の香川県出身で、四国から出た事が無かったんですよ。学生の時野球一筋で。とにかく四国を出たい。都会に行きたい一心でした。そして大阪で美容師として働きはじめました。

 

 

・美容師から転職

楽しい事ばっかりじゃ無かったですね。正直、給料も安いし、勤務時間も長いし、業務が終わってからカットの練習をしたりと、当時は遊びたいばっかりでしたね。当時僕は18歳で専門学校は出ていなかったので、通信学校に行きながら仕事していたんですよ。だから友達もいなくて、お金も無くて、遊ぶ時間も無くて、ほんとに大変でしたね(笑)

実は美容師免許を取得してから、一度美容師をリタイア(退職)しているんですよ。その後、サラリーマンで営業の仕事に就いてました。で、その営業職も3年ほどして退職して、また美容師に戻りました。結局キツイ仕事ですけど美容師という仕事が好きなのでしょうね(笑)

 

 

・田舎の空気で子供を育てたい と篠山に転居を決意

当時は僕も妻も大阪に住んでいたのですが、僕は香川県出身。妻は篠山市出身。子供は次の年に小学校に入学というタイミングに「香川、篠山どちらかの田舎に引っ越したい。」と夫婦で話していたんです。

子供を田舎で、のびのび育てたかったんですよね。住む場所はどちらでもよかったのですが、住居にこだわりがあって、店と家が一緒なのが僕の中で理想だったんですよね。そのタイミングで、たまたま理想の物件が篠山にあったんですよ(笑)でも、その物件を購入するにしても当時は若かったですし、資金面で正直不安がありました。物件を買うにも銀行はお金を貸してくれないと思っていたのですが・・・。ところが「えっお金が借りれるんだ!?じゃあ購入しよう!」って事で直ぐに決断しました(笑)ほんとそんなノリです(笑)篠山に住みたいとかじゃなくって。そんな理由だったり、子供を田舎の空気で育てたいとか、妻の実家の近くで子育てしやすいかなってほんとにそのぐらいの考えでした。

 

 

・夫婦二人三脚でお店をスタート

実は僕は、篠山に引っ越してから2年ぐらいは大阪に通って美容師を続けていました。店をオープンして最初1年は妻が店を切り盛りして、僕は大阪に仕事に、そんな生活をしていました。香川県から大阪は遠いですが、篠山から大阪までは電車で1時間の距離なんで苦もなく大阪まで通勤してました。いよいよ篠山の店も忙しくなってきて僕も戻って仕事を二人でするようになりました。それが僕が30歳の時です。

 

・高齢化社会を視野に入れた新しいビジネス

僕の理想のお店は、現在篠山市は約42,000人で今後高齢者社会になるじゃないですか?そんな中で、篠山市の幅広い層のお客様に満足していただけるような店にしたいです。「地域に密着したお店」といえばいいでしょうか。

例えば、高齢者の交通手段が無いお客様にも喜んでもらえるような、移動型の訪問美容とかそういった事も視野に入れて展開していけたらって思ってます。

 

 

・納得できるかっこいい働き方、生き方

僕には夢があるんですよね。オシャレな雑貨屋もしたいんです。店舗の隣の部屋の壁をバーンってぶち抜いてね(笑)アメリカに行って買い付けに行きたいんですよね。隣の部屋をアメリカのアンティークな雑貨で埋め尽くしたいです。今後は出張型でカットしたり、雑貨を買い付けにアメリカに行ったりとか、新しい外の動きをしていけたらなって夢があるんです。そんな自分の中のカッコいい理想の働き方・生き方をしたいなって思います。

 

インタビュー者:堀川恵里さま

・自分らしくゆったりと

大阪時代は大手の美容室で勤めていました。
当時のお店では毎日がとても忙しくバタバタと一日が過ぎて行く…そんな日々の中で私にはお客様を心から喜ばせてられる自信と、自分が心から美容師としての仕事を楽しめている自信がありませんでした。しかし、今では自分らしくお客様と向き合えるお店で、最高に楽しい日々を過ごさせて頂いてます。

 

 

 

・子育てと仕事がうまくライフスタイルと融合できる篠山市

夫婦で大阪で理想の美容室をオープンさせたいと言う夢をリアルに想像した時に、
私達は店、子供達はマンションで留守番する。という環境はどうか?と考えた時に

「私達の理想のお店と暮らしって本当に都会ですることなのかな…」と疑問が出てきました。

 

そう考えている中、現在のお店であるこの物件と出会いました。
住居兼店舗で、しかも表からは店舗しか見えなくて。大通りに面しているのではなく、奥ばった場所にあります。口コミで知ってもらえる「隠れ家」の様な。そんな私たちの理想の物件と。

子供がお店に「ただいま」って帰ってくれば、お客様も「おかえり」と声をかけて下さる。お客様にリラックスしていただけて、ゆったり自分スタイルで、自身も心から楽しんで働ける。

そのこだわりを出せるお店であり、子供達が安心して帰ってこれるお店。田舎って素晴らしい。ほんとに篠山っていい街だと思います。子供達もすくすく元気にのびのび心も綺麗に育ってくれています。空気は綺麗で、星も綺麗です。

娘が「ママ見て!星がすごくキレイ!篠山に引っ越してきて良かったな!」って言ってくれた時はほんとに嬉しかったです。成長する子供達を見れば、ほんと田舎に引っ越してきて良かったなと思っています。

都会が好きな私にとっても、大阪、神戸、京都まで1時間ですぐに行けるこの距離が篠山の大きな魅力の一つです。

 


フリーランス 田代 沙織

・靴職人・デザイナー・ライター・子育てママ

現在は主に4つのお仕事をしています。主人がハンドメイドの靴を作りお店を営んでおります。私は、主人の事業のサポート、株式会 いなかの窓でデザインを勉強させてもらいながら仕事をしています。そして、株式会社 ご近所でブログを書くライターとしてのお仕事です。あと、子育てと、きちんと主婦業も頑張っていますよ(笑)

 

・Handmade Shoes Nelio

https://nelioshoes.jimdo.com/

・Access :  兵庫県篠山市西本荘2-1(旧雲部小学校内 2F) 

 

主人は、職人気質なので仕事へのこだわりが強いんです。靴を作るのにも、一つ一つ丁寧に大切に作るので、一足作るにも時間がかかります。それに、集中すると他の所に手が回らなくなってしまって。それなら私が接客と商品の宣伝広告を担当して、主人を支えたいと思いました。そういった経緯の中で、今私に必要なスキルとして、デザイナーやライターとして学びたいと思い、(株)いなかの窓、(株)ご近所で勤めながら勉強させていただいています。

・海外暮らし、都会暮らしを経て、田舎を選ぶその「理由」

私は、大阪で生まれて父親が海外の大学に入れたいという想いから、ニュージーランドに渡って10年間生活していました。でも、私は日本が好きだったので、大学卒業後日本に帰国し結婚しました。仕事は商社OLをして、そこから手に職をと思い、調理師免許を取り、飲食店で働いていました。しかし、飲食のお仕事は時間が不規則で。自分たちの家庭が疎かになってしまうのが嫌になり、丁度そんな時に妊娠していることがわかりました。妊娠したタイミングで、どこで育てたいのか?という事を考えました。ニュージーランドも田舎で、ゆったりとした環境だったので、交通量の多い都会よりは、子供が木の枝を持って自然の中で遊んでいることをぼんやりイメージしていて、やっぱり田舎がいいなと思いました。

主人は元々、証券会社で働いた後に退職。靴の勉強をして色々な所で修行後に独立。現在は、篠山市雲部の、閉校になった小学校を再利用した教室を一つ借りて店舗を構えています。私の妊娠がわかった時主人は、神戸で自宅兼工房として働き、生活していました。しかし、このまま都会で生活していても、都会に埋もれてしまうんじゃないかと思うことがありました。色んな人に相談をし、篠山を知り、「篠山っていい感じやなー」って最初は軽いノリで来ました。親類がいるなど、そういったゆかりは全くないです。

 現在、お腹にいた子は2歳半になり、こっちに引っ越してきて丸3年経ちました。篠山で主人の仕事、そして子育ても、田舎での生活にも馴染み、本当に今では移住して良かったと思います。

 

・「自分を満たすこと」の大切さ

仕事や子育てなど色々な事をしていると、どれを優先に考えるのか?と、すごく悩んでいた時期がありました。まず最初に子供のことを考えて、次に旦那さん、最後に私自身のこと。普通は、息子と旦那さんを優先してしまいますよね。でも、自分が元気で満足していないと子供にも良く接してあげられないんじゃないかと思ったのです。

まず、「自分を満たす事で、人に優しくできる。」それに気づかせてくれたのが主人なんですよ。子育てが大変で私が辛い時に。主人に「まず、自分やで。」って。あの一言で、すごく救われたのを今でも覚えています。自分を犠牲にして子供の相手しててもダメだよと、色んな事を考えさせてくれるきっかけをくれました。子供にも、「お母さん自由にしてんな。自由でいいねんな。」って思ってもらえらた嬉しいです。

 

 

・私がやりたいこと「家庭を支えること」

私は、デザイナーになりたい!とかライターになりたい!とは思っていませんでした。デザインは高校の授業で少し勉強していました、ですが実際に主人の仕事を手伝うにあたり、もうちょっとデザインの勉強したいなと思いました。どんなに良いものでも、伝え方が下手だったら伝わりません。伝え方が良いと売れている物は沢山ありますよね。主人がせっかく良いものを作ってるから、キチンとした伝え方を勉強したいと思いました。「家庭・主人を支える」といった根っこがあって現在の働き方があると今は思います。

もともと保守的で、自分から動けなかったんですよ。どうせ自分なんてという気持ちがあり、自信もありませんでした。でも現在の環境、仕事での関わり方は、私でいいんやと思えるようになりましたし、皆さまが本当に良くしてくださいます。「自由でいいんだ」て思えるようになりました。だから今後は旦那さんに対しても、こういう風にしたらどう?などビジネスパートナーとして提案出来たらいいなと思いますね。

 

 

 

 ・過去のキャリアに学ぶ、現在のワークスタイルとは

OL時代と比べて子育てと家業、自身の仕事と忙しく大変ですが、今の方が断然楽しいですね!それは自分がやりたい事、楽しい事をキチンと明確にしているからだと思います。自分で考え、自分で選択、そして行動まで出来ていることが大切だと思いました。本当の意味で、自分自身の経験が実になっているという実感があります。例えば、上司から言われたことをただしているわけではなく。こうしたらどうだろ、こっちがいいかな?と自分の頭で考えるという大切さを感じました。

デザインも、ざっくりとしたイメージを形にするのがすごく楽しいです。デザインの会社の先輩はやっぱりすごいです、ちょっとしたアドバイスで仕上がりが全然違って本当に勉強になります。まだ始めて1カ月なんですけれども、旦那さんの靴屋のチラシを作ってみようと思ってやってみたら、結構いいものができて。短い間でも、これだけのものが作れているんだ!と自分の成長を実感できて、今のワークスタイルがとても楽しいです。

 

・フリーランス✕地方

現在のワークスタイルを都会で確立することは正直難しいと思います。都会だと沢山人もいて、お客様も沢山いて、需要が多くあるとは思いますが、その分競争も激しく、忙しく、雑多な中で仕事や生活をしなければなりません。その中で、主人の商売や家族を今のように支える事が出来るのか?と言えば無理でしょうね。囲い込みが難しく仕事に埋もれてしまいそう。それに、田舎のお仕事ならではの、パイが狭い分繋がりが深いので、仕事をいただけたりすることもありますよね。

もちろん都会も好きなんですよ(笑)でも時々でいいんです。服を買いに行ったり、美味しいものを食べ歩いたり。それは、時々だから有難味があるというか。今は、田舎での日常をゆっくり、自分のペースで生活できる。これが本当に幸せです。人のペースに巻き込まれて、しんどくなってしまうタイプなので、自分と向き合える時間もできますし、まず時間の流れが全然違いますね。都会では、何もしてないのにすごく忙しく感じていました。もちろんこちらの新しい生活に慣れるまで大変なこともありました。でも、それ以上に得るものがたくさんありました。 何か生活が変わる時のタイミングで自分を見つめなおして田舎暮らしを考えてもいいかもしれませんね。


王地山陶器所 陶芸家 竹内保史

・新天地で職人としての第一歩

私は、元々は大阪出身で篠山市に移住して25年になります。知人から紹介で篠山市にある王地山焼が再興して人手を探しているから興味があるなら行ってみないか、と言われたのが切っ掛けで関心を持ちました。私自身、都会の生まれですが田舎のゆったりとした空気感が好きだったので、都会の喧騒から離れ篠山市の王地山陶器所で陶芸家としての一歩を踏み出しました。

・篠山城主が愛した器の歴史

もともと王地山焼の起源は、江戸時代末期の1818年頃にさかのぼり、当時の篠山藩主・青山忠裕が王地山(篠山市河原町)の地に、京都の陶工・欽古堂亀祐を招いて始めた藩窯がその発祥といわれています。当時は煎茶趣味の背景のなかで、中国風の青磁、染付、赤絵を主とした磁器窯でした。
築窯時期から、王地山陶器所として名声を博しましたが、藩の廃止とともに明治2年に廃窯となって以来、その伝統が途絶えていました。
現在の王地山陶器所は、篠山市が昭和63年に再興したもので、今年で約30年になります。
現在は「一般社団法人ウイズささやま」により運営され、独特の緑色の青磁、染付、赤絵などの作品を当時の技法を使って製作しています。併設された展示室での展示・販売のほか、百貨店やギャラリーでの作品展も行っています。その他にも陶芸家による技術指導として、陶芸体験、絵付体験などをおこなっています。

・陶芸家という仕事

私は、高校が美術系の高校でしたから焼き物の基本な技術は、学生時代にある程度身につけていましたので、王地山陶器所に来てすぐ焼き物を作っていました。もちろん学校と現場の空気の違いに戸惑うことや王地山焼という大きな歴史と伝統をいかにして守っていくかと試行錯誤の日々の中、気がつけばあっという間に25年が経ち、多くを学ばせていただきながら現在では王地山陶器所を任されるようになりました。人やスタッフの流れも様々ありましたが現在では、私ともう一人、弟子である「児玉玲央奈」の2名で王地山製陶所の切り盛りをしています。25年の長い間続けてこられたのは、陶芸家としての仕事に魅せられた事とシンプルな篠山市での暮らしが居心地良かったのだと思います。

・王地山陶器所「王地山焼」とは

例えば篠山市にあるもう一つの産地である丹波焼と王地山焼とを比較すると陶器と磁器という違いがあります。
・陶器は「土もの」などと呼ばれ陶土と呼ばれる粘土が原材料です。
・磁器は「石もの」などと呼ばれ原材料は石英や長石などの陶石です。
と言うような特徴的な違いがあります。単純に丹波焼は彫りや細工の段階でそのものがある程度湿っていないと仕事ができません。それにくらべ磁器である王地山焼は乾燥してから取っ手を付けたり、細工ができます。また磁器土は粒子が細かいため、繊細な模様の彫刻ができます。ですがこの細かい彫刻は、大きな壺などになると彫るだけで数日掛かることもあります。その他には磁器土を850℃で焼いた土型と呼ばれるものでおこなう成形法があり、江戸時代に王地山焼を指導していた欽古堂亀祐や、柳亀堂亀七などの陶工の作品を復元した物を中心に、今の時代に合わせ形や大きさを変えた物など、合計で60〜70くらい型があり様々な模様、種類の器を生み出しています。

※王地山焼と型

・「伝統と革新」職人としての2つの顔

私が篠山に来た時点では、王地山焼は再興や伝統の継承と言う考え方が強く自身もそのあたりを考え作陶に励んできました。ですがある程度年数を重ねると、自分の焼き物を作りたいという気持ちが出てきまして、竹内という一人の作家として挑戦していきたいと考えるようになりました。そんな中13年ほど前のある日突然に「竹内保史の作品となる」ある新たな図柄を思いついたんです。もう「ストン」と頭にイメージが落ちてきました。そしたらそれを世に出したいなと思いました。ですから今では、“伝統工芸を継承させるという事“と”新たな分野へと挑戦”していくことで、陶芸家 竹内としての作品で2つの顔を持つようになりました。どちらも大切に育てていく事が今のモチベーションに繋がっています。

※「竹内保史の作品」

※王地山陶器所内に飾ってある作品の数々

・王地山焼の未来

王地山焼が再興して約30年経過していますが、まだまだ知名度が少ないのではないかと感じる時もあります。今後の目標としてはその部分を底上げしていきたいと考えています。その中で、弟子と二人で王地山焼を軸として新たなジャンルにも果敢に挑戦したり、個展などをこなしいきながら一人でも多くの方に手に取ってもらえるように技術を磨いていきたいと思います。そんな伝統と革新の生まれる場所である「王地山陶器所」にぜひ気軽に遊びにきてください。