谷垣 友佳子 Tambasasayama-Osaka
子どもが生まれる。女性にとっては最も大きなライフイベントの一つではないかと思います。子育てをどこでするかというのは、女性にも、そして子どもにも大きな影響があるのではないでしょうか。大学在学中に丹波篠山を離れられた谷垣さんは、丹波篠山で子育てをすることが自分の心の余裕につながっていると話されました。
子育てのために丹波篠山へUターン
―― 地元を離れて、大阪に出られたきっかけは?
「武者修行しようと思ったからですね(笑)。大阪にある保育園をいろいろと見たいなと思い、就活目的で地元を離れました。そして、素敵な保育園に出会い、就職しました。園長先生がカナダ人の先生で、英
語を使った保育や造形活動、体育、音楽を行う保育園でした。」大学在学中に保育分野においても視野を広げて経験を積みたいと思われて、大阪に出られた谷垣さん。多忙な仕事だったそうですが、他とは違った保育の経験を積めて非常にやりがいがあったと話されました。
―― 丹波篠山に戻ろうと思ったのは?
「就職後9年間は大阪で過ごし、仕事を辞めるタイミングで戻ることを決めました。子どもを育てるのは地元がいいなと思ったからですね。あと、私自身ももう少しゆっくりと生活したいなと。」
今は谷垣さんの実家に曾祖母、両親、旦那さん、お子さんで住まわれています。結婚される前に旦那さんと丹波篠山で暮らすことを相談されて、お互い納得した状態で戻られました。
―― 子育てをするなら丹波篠山がいいと思われた理由は?
「私も子ども時代を丹波篠山で過ごし、こちらの方が子どもも思いっきり元気いっぱいに外で遊べると思ったからですね。今も子どもは外で走り回っていますね。池に野鳥を見に行ったり、あちこち行ったり。元気な子どもに育っていますよ(笑)。」
自分にも心の余裕が生まれる。のびのびと子育て
地元での子育ては、お子さんが生き生きと暮らせるだけでなく谷垣さん自身にもプラスだったと言われています。「丹波篠山は季節や場所が変われば、見える風景ががらっと変わります。それが素敵ですね。無駄なお金を使わず、おにぎりを作って子どもと一緒にあちこちに出かけています。」
「今は心の余裕があります。大阪で暮らしている時はどこか息が詰まる感覚がありました。人も多く、騒々しくてなかなか落ち着くことが難しかったです。でも、ここは騒々しくなく、虫や小鳥や自然の音で和やかな気持ちになりますね。」
―― ご両親との暮らしはどうですか?
「私が忙しい時に子どもを預けられるので助かります。父も母も孫と一緒に過ごすことになり、“頑張るぞ!”と言っていますね。」「父が家族で食べる分だけ野菜を作っています。今は手伝えていないのですが、私と子どもも父と一緒に野菜作りができたらいいなと思いますね。」
自分の親や子どもと一緒に何かをして時間を過ごす。後で振り返ったときに宝物のような心に残る思い出となります。丹波篠山で子育てをする良さとして、“心の余裕が生まれる”ことと話された谷垣さん。インタビューでも丹波篠山で暮らすことを自然体で楽しそうに話されました。