キクヤ株式会社 代表取締役 遠山雅治

・設立45年 地域に感動を還元する企業「キクヤ株式会社

今年で45周年を迎えます。昭和49年に創業、父が23歳の時に脱サラし、最初は「タイガースポーツ店」という、ゴルフショップを始めました。ゴルフショップといっても、店舗は持たずにゴルフクラブや手袋などのゴルフ用品を仕入れ、車で売り歩く行商からスタートしました。ですが、思っていたようには業績が伸びずにいました。利益率が悪く、集金に回らなければならない。うまく集金出来ない事も多い、忙しく時間を浪費する薄利な商売でした。このままではダメだと思っていた時に、お客様から「ゴルフコンペの景品ないの?」との声が非常に多くありまして、そういった商品を用意出来れば、商売としてより良くなるのでは?ということで、昭和54年にギフトや卸の仕事をやり始めました。その時に初めて、ギフトというマーケットがあることに気付き、2年も経たないうちにゴルフショップはやめたと聞いております。そこから「キクヤ」という名前に変え、ギフト中心で事業を展開しました。事業をはじめた最初の頃は本当に苦労したと聞いています。現在、ギフト事業では丹南店・氷上店と2店舗展開しており、葬儀事業では篠山・丹波にネムールの森という葬儀会館が2箇所ございます。

※インタビュー者:代表取締役 遠山雅治さん

・仕事に「やりがい」をつくるための仕組みづくりとは

私の中でキクヤの魅力は?と聞かれれば、それは「一人一人が挑戦・やりたい事ができる企業」だと思っています。只今、社員は50人以上いますが、各部門ごとに分かれていまして、部門長の決済は入りますが、社長との距離が近いので提案、要望が通りやすい会社ではないかと自負しております。

ただ、企業理念として“お客様に感動していただくことに喜びを感じましょう”あと、冠婚葬祭業がベースにあるので、“冠婚葬祭業を通じてお客様、地域に還元する”というのが理念ですのでそれに沿った魅力的な提案なら喜んで取り入れます。ただ物を買うだけならネットでいい。なぜお店に足を運んでいただくのかというと、説明をして理解していただく事により冠婚葬祭の知識が身につきますよね。それによって、この地域の冠婚葬祭の知識レベルが上がる。冠婚葬祭は主に「ありがとう」の想いを伝えるわけですから、心も豊かになのではないかと思います。地域の皆さんと一緒に、心も豊かになっていただけるような会社でありたいと思います。

また、管理職の皆さんには社内の中で権限を持っていただき、自身の判断で責任を持ってスタッフと仕事を円滑にしてもらえればと考えています。

・人生の大きなターニングポイントでもある出来事。単身で中国へ

実は昔、大学受験に失敗し、進路が絶たれた時、今の会社に就職しようとした時がありました。その時父に、「会社を継ぐために入社するのであれば中国に行かないと継がせない。」と言われました。もちろん言葉は話せない、現金30万円持たされて、いってらっしゃいと(笑)

そして中国に渡り大学に入学。そのお金で学費と寮費を払って、勉強し、働いて帰ってきました。全て一人で言葉を覚えて、仕事を見つけて、人脈を作って、いう中国での生活でしたが、当時すごくポジティブだったので、1万人くらいいる大学で「全員、僕のことを知っていると言われるようにしよう」と決めて友達に言い続けていました。野球部で友人ができ、その子の授業にも出て、自己紹介させてもらうことでまた友達の輪が広がる。カラオケ大会があれば、出場して賞金もらって賞金で飲みに行ったりと毎日が楽しかったです。調子に乗っていましたね(笑)

でも大学卒業後、働き始めてコテンパンにやられました(笑)仕事スキルが全くない事に気が付きました。エクセルの使い方、社会人としてのメールの打ち方、マナーなど、なっていなくて、毎日ジトッとした嫌な汗を会社のPCの前でかいていました。上司からもすごく叱られました。分からないことは聞こうと決めて、叱られながらも上司や同僚に聞いてなんとかものに出来たという感じでした。中国の会社でしたので、メールにしても、中国語、日本語、英語とありました。フィリピン人とのやりとりは英語。見よう見まねでやっていました。中国語は書くこともできましたので苦労しませんでした。現地採用で、22歳の時に中国人の方を管理していました。普通の会社でしたら、22歳で新卒ですが、入って即、30代がやっているような管理職をやっていました。社会人スキルはかなり怒られましたが、普通の社会人が1、2年かかって覚えることを数カ月で身につけました。4カ月ごろから価格交渉の権限もいただいていていましたね。大変でしたが中国での経験は面白かったです。

・二代目の継承 目指す未来を皆で考え、皆で進む。

日本では家が厳しく、自由がないと感じていましたが、中国での経験は、本来人間があるべき姿なんだなと思えました。叱られない代わりに、全て自分の責任だということを学びました。その後、4カ月ニューヨークで暮らしました。中国での生活で、中国での価値観が染みついていて、ギラギラしすぎていて、このまま日本に帰ると値段交渉などやりすぎてしまうだろうと感じたため、200万円貯金があったので、もう一度揉まれてから帰ろうと思ったのがきっかけです。中和されていると思って帰国しましたが、中国の価値観が全然抜けていませんでしたね(笑)中国の感覚で仕事をすると、日本ではギラギラしすぎていて通用しませんでした。調子に乗っていたのが出ていたんだと思います。帰国後に、ある経験から本当の意味で、周りの人達、お客様、従業員の皆さんへの心からの感謝と配慮が大切だと感じました。

そんな中、どうすれば従業員のみんなが幸せになってもらえるのだろうと考えていた時に、2017年秋からチームコーチングを取り入れ、管理職が集まり、チームで事業目的や、チームアイデンティティー、チームバリュー、そもそも何の為に働くのか?目指すものは何なのか?と皆で考え、共有しました。そこで出てきた社長としてやるべき課題を僕は今ひとつずつ改善させようとしています。管理職の皆さんにリーダーシップをとってもらい、社長任せにならない組織。自分の部署だけのことをやっていても全体が伸びるわけがないので、自分の部署プラス他の部署のこともやったりとかね。全員リーダーシップを発揮しないと新幹線経営ができません。現在二代目を継承し、様々な意見を取り入れることにより、会社をより良くしたいと考え今動き出したところです。チームコーチング、ライングループを組み、情報共有をしています。

・社員に「幸せ」を還元する経営とは

私は、年収が何万欲しいとか、そういう欲求はありません。しかし、会社の中期経営計画、売上目標はしっかりとあり、欲求も高いです。ではこの目標達成できれば従業員のみんなが幸せかと言えば答えは「NO」です。弊社が多店舗展開し、もしですよ、大阪や東京に会社を作っても今いる社員に体感として変化がなければむしろ仕事量が増える、休みが減るという感情が出てきてしまいます。

だって、篠山の人はここで仕事して、ここで生活しているから。自分には何も幸せとして返ってこないですよね。でも、年商が増えて売上が増えるとなると一人当たりの生産性が高まったり、人が増えることにより、年間休日が少しずつ増えていったりね。会社が潤うことにより、給料ベースが上がったり、会社が綺麗になったり、体感があれば頑張れるし、従業員のみんなの幸せに繋がると考えています。

しかし、この「幸せ」の定義は人それぞれです。先ほど申し上げたのはハードであって、ソフト(心)も満たされる組織運営も心がけています。私の考える幸せとは

 

・人に愛されること

・人に褒められること

・人の役に立つこと

・人から頼られること

 

が極論ではないかと考えております。これは人さまざまですがこれは私の座右の銘の一つです。ソフトもハードも合わせてやっぱり「キクヤで働きたい」と言ってもらえるような会社運営をしていきたいと思います。

 

住所兵庫県篠山市網掛391-1
連絡先TEL:079-594-2535(代) FAX:079-590-2001
社員数43名
URLhttp://www.kikuya-g.co.jp/
備考